読書レビュー:『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』(橘玲)

読書

読みたいと思ったきっかけ

橘玲氏の著作は直近では『スピリチュアルズ』と『無理ゲー社会』を読んだ。

橘玲氏の著作が出た際はタイトルなどを見て読むかどうか決めているのだが、今回もタイトルとして面白そうだったので購入してみた。

余談だが今回は紙の本ではなくKindleで購入した。

内容

目次

目次は以下のとおりとなっている。

プロローグ ふつうの奴らの上を行け
PART1 恋愛をHACKせよーー「モテ格差」という残酷な現実
PART2 金融市場をHACKせよーー効率よく大金持ちになる「究極の方法」
PART3 脳をHACKせよーーあなたも簡単に「依存症」になる
PART4 自分をHACKせよーーテクノロジーが実現する「至高の自己啓発」
PART5 世界をHACKせよーーどうしたら「残酷な現実」を生き抜けるか?
あとがき    

内容

プロローグ:ふつうの奴らの上を行け

・ハッカーとは、常識やルールを無視して「ふつうの奴らの上を行く」者たちのことなのだ。

・世界はいま、知識社会化、グローバル化、リベラル化という三位一体の巨大な潮流のなかにある。この人類史的な出来事によって社会はとてつもなく複雑になり、ひとびとは急激な変化に翻弄され、人生の「攻略」が難しくなっている。──これを私は「無理ゲー社会」と呼んでいる。

PART1:恋愛をHACKせよーー「モテ格差」という残酷な現実

・男がセックス依存症になるのも、女が恋愛依存症になるのも、その原因は「愛情のない家庭」で育ったことと、幼児期のトラウマだとされる。こうしたフロイト流の精神分析は精神医療の主流から脱落して久しいが、アメリカではいまだに圧倒的な影響力をもっている。

PART2:金融市場をHACKせよーー効率よく大金持ちになる「究極の方法」

・「実際にモデリングしているのは人間の行動だ」と、ルネサンスの研究者ペナビックは説明する。「ストレスが高いときの人間の行動が一番予測しやすい。直観的に行動してパニックになるからだ。人間という役者が以前の人間と同じように反応するっていうのが、俺たちの大前提だ。そこにつけ入ることを学んだのさ」

・投資家が完全に合理的ならば、効率的市場仮説の信奉者が主張するように金融市場の歪みは瞬時に解消され、ヘッジファンドの収益機会もなくなる。それにもかかわらずヘッジファンドが莫大な収益をあげているという事実が、市場には理論よりもはるかに多くの歪みがあることを示している。なぜなら、人間はほとんどの場合、合理的には選択・行動しないから。

・市場は人間の欲望の反映なのだから、そこにはつねに歪みがある。それこそが、「合理的な投資家」にとって収益の源泉なのだ。

・「ギャンブルと投資の神に選ばれし者」であるエドワード・ソープは、個人投資家が金融市場をハックするのは不可能であることを前提に、「インデックスファンドを買いなさい」「よい株を長くもちなさい」とアドバイスしている。この言葉は、(本来の意味での)ヘッジファンドの創始者で、短期トレーディングで利益を積み上げてきたソープがいうからこそ、強い説得力がある(ちなみに「投資の神様」ウォーレン・バフェットも同じことをいっている)。

PART3:脳をHACKせよーーあなたも簡単に「依存症」になる

・人類が進化の大半を過ごした旧石器時代には、快感を得られる機会はあまりなかっただろう。稀少なハチミツを食べ尽くしたら当分は手に入らず、関心は社交や子どもの世話など別の活動に向けられたはずだ。だが現代社会では、快感をもたらす刺激がほぼ無制限に、かつきわめて安いコストで提供される。そうなると快感に飽きた脳は、日常的な活動に戻るのではなく、より強い刺激を求める。この快感と報酬のフィードバックで快感回路が過活動になり、やがて脳に物理的・生物学的な変化が起きる。──依存症者の脳は実際にドーパミン受容体の数が大きく増えている。

・ひとたび依存症が始まると快感は抑えられ、不足感が表面化してくるが、これは薬による快感だけでなく、セックス、食事、運動などから得られる日常的な快感も低下させるらしい。依存症の恐ろしさは、あらゆる幸福感を得られなくしてしまうことにある。

・だとしたら、マシンへの依存に共通するものはなんだろう。それは「自分の感覚を鈍らせること、深刻な問題からの逃避、過剰な対人関係の交流の重荷をおろすこと」ではないかとシュールはいう。  そう考えると、依存症者たちの次のような奇妙な発言が理解できるようになる。「勝ったのにがっかりすることもある。特に、始めてすぐに勝ったときはね」

・マシンにはまる背景は、母子家庭や貧困のような人生の困難、ドメスティックバイオレンスや過去の性暴力のトラウマ、子育てが終わって人生に満たされないものを感じているなどさまざまだろうが、共通するのは「自分の人生をコントロールできていない」という感覚だ。だからこそ、よりシンプルでコントロール可能なゲームに惹きつけられていく。「マシンの前にいると、偶然の要素なんて何もないんです。だって、負けるってわかってるから。そのほうがよほど安全よ──現実をコントロールしてるっていう気になれるんだから」という依存症者の言葉は、このような文脈でのみ理解できるだろう。彼女たち/彼らが追求しているのは、「社会的、経済的、個人的な生活のなかで経験する不安定から連れ出してくれる、信頼性、安全性、感情的落ち着き」なのだ。

・ひとはみな、人生に〝解決不能なもの〟を抱えている。その不安があまりに大きくなると、不確実性が実質的に存在しない場所を求めるようになる。

・徹底的に社会的な動物として進化してきたヒトには、食べることとセックスする(愛される)ことと並んで、もうひとつ決定的に重要な欲望の対象がある。それが「評判」だ。

・よい評判は仲間内での地位を高め、安全の確保や性愛のパートナーの獲得につながる。逆に悪い評判がたつと共同体から排斥され、旧石器時代にはこれは即座に死を意味しただろう。このようにしてヒトは、よい評判を得ると幸福感が増し、悪い評判によって傷つく(殴られたり蹴られたりしたときと同じ脳の部位が活性化する)ようになった。

・近年の脳科学では、複雑な道路や一方通行などの規則を記憶するロンドンのタクシー運転手の海馬(記憶にかかわる脳の部位)が発達していることがわかって、「一定の年齢になったら脳の成長は終わる」という常識が書き換えられた。この「脳の可塑性」は「いくつになっても学びつづけられる」というポジティブなニュースとして歓迎されたが、ウィルソンはこの可塑性がネガティブな方向にも作用すると指摘する。ポルノばかり見ていると、脳の部位に生理的・機能的な変化が起こる可能性がある。なぜならセックスは、とりわけ男にとって、もっとも強い刺激を与える根源的な欲望だから。

・この男性の次の言葉は、大衆消費資本主義の本質を見事に言い表わしている。「スロットマシンの設計から小さな子供向けのソフトウェアゲームの設計に変わって奇妙に思えたのは、これがそれほど大きな変化ではなく、実際、その二つはとても似ているところがあるということだった。それにはほんとうに驚いた。私はこれを、心のなかの同じ部分を魅了するもの、気晴らしのための非常に単純化した本能として見た。子供とギャンブラー、それらは似たようなタイプの顧客なのだ」

PART4:自分をHACKせよーーテクノロジーが実現する「至高の自己啓発」

・ヒトが感じられる快楽や欲望には脳の仕様による限界(ヒューマン・ユニヴァーサルズ)があり、どれほどテクノロジーが進歩しても、脳をつくり変えないかぎり、それを超えることはできない。紀元前 500年頃のブッダや孔子、ソクラテスの思想がいまも参照されつづけるのは、同じスペックの脳によって、同じ人生の問題を考えているからだ。これが、人類史がひたすら同じことを繰り返しているように見える理由だろう。

・人間は「進化論的制約」に強く拘束されているのだから、わずか半世紀前の壮大な社会実験の影響から逃れられないのは不思議でもなんでもない。わたしたちは、 60年代の狂気にも似た体験の数々を、新しいテクノロジーを使って、より洗練された仕方で追体験しているだけなのかもしれない。

・そればかりか、単細胞ヒト胚を編集すれば、全世代の子孫に永続的な影響を与えることができる。これが「デザイナーベイビー」で、髪や目の色の遺伝子はある程度特定できているので、日本人でも金髪碧眼の子どもをもつことが可能になるだろう。知能は多くの遺伝子がかかわる複雑(ポリジェニック)な過程で、 IQの高い子どもを人工的につくることは現在の技術水準では不可能だが、将来的には、知能にかかわる主要な遺伝子が特定されることは間違いない。

・テクノロジーの発達は不可逆的で、ひとびとの「もっとゆたかになりたい」「幸福になりたい」という願いや欲望を制止することは、(気候変動で人類が地球に住めなくなるような事態を除けば)不可能だろう。「自分らしく生きたい」という 60年代のささやかな夢は、テクノロジーと融合してトランスヒューマニズム(超人思想)となり、グロテスクなディストピアを生み出すことで終わるのだろうか。

PART5:世界をHACKせよーーどうしたら「残酷な現実」を生き抜けるか?

・21世紀に入ると、日本の「草食系」や韓国の「ヘル(地獄のような)朝鮮」など、先進諸国で「自分たちは親世代よりゆたかになれない」というあきらめが拡がった。それがいよいよ中国にまで波及したのだ。これらの若者たちに共通するのは、人生は「攻略不可能な理不尽なゲーム」という感覚だ。無理ゲーに対処するもっともシンプルな方法はゲームに参加しないことで、それが「寝そべり主義」だが、なにもしないままではどんどん社会の底辺に押しやられてしまう。それに対してアメリカの「ミレニアル世代( 1980 ~ 95年生まれ)」のあいだでは、より現実的な2つの人生戦略が広まっている。それが「ミニマリズム」と「 FIRE」だ。

・とはいえ、ボイルが主張するように、お金(貨幣空間)が諸悪の根源で、お金のない世界(政治空間)が無条件に素晴らしいとはいえない。なぜならそこは、愛情や友情に満ちているわけではなく、憎悪や嫉妬、権謀術数が渦巻くベタな人間関係でがんじがらめになったムラ社会でもあるからだ。

・早期退職(失業)はもはや、魅力的な人生の目標ではなくなっている。こうして FIREは、「経済的に独立して、好きな仕事(社会活動)を通して大きな評判を手に入れる」という運動へと変わっていくだろう。実際、 FIREを達成した者たちは、自らがインフルエンサーとなってこの理念の普及を勢力的に行なっている。

・アメリカではうつ病の増加が深刻な社会問題になっているが、その大きな原因は(日本と同じく)人間関係のストレスだ。好きなひととしか仕事をしないというぜいたくはできないとしても、「イヤな奴との仕事を断れる」だけでも幸福度は劇的に上がる。それに加えて、老後の人生を心配しなくてもいいだけの経済的な余裕があり、家族みんなが健康なら、それ以上望むものがあるだろうか。

・「スマホ脳」をつくるのはより強烈な快感や欲求を生み出すコンテンツで、これは「超常刺激」と呼ばれる。人類が進化の過程のなかで出会ったことのない刺激のことで、脳はそれに適応することができない(あるいは、適応しようとして脳の配線そのものをつくり変えてしまう)。オンラインの超常刺激としてすぐに頭に浮かぶのはゲーム/ギャンブルとポルノだろうが、それ以上に強力なのが SNSだ。わたしたちは、他者(共同体)からの高い評価を求め、同時に、ネガティブな評価を避けようとする強い「進化の淘汰圧」を受けている。

・魔術と区別がつかない技術(テクノロジー)が次々と生まれるシリコンバレーで、マインドフルネスと並んで近年、人気を博しているのが 2000年前の「ストア哲学」だ。

・エピクテトスにとっての「自制」はたんに我慢することではなく、逆境においても権外のものごとを無視することで安寧を獲得する技術なのだ。

・だが、闘って勝つことが最高の価値だと子どもの頃から教えられてきたアメリカ人にとって、ブッダや老荘思想のような諦観は「敗者の哲学」に思えるだろう。ストア哲学がアメリカのビジネスエリートに熱烈に受け入れられたのは、逆境こそが最高の「チャレンジ」の機会だと説いたからだ。それは「究極のメンタルフィットネス・プログラム」なのだ。

・ミニマリズムと FIREは、大衆消費資本主義にハックされることを拒絶する(回避する)試みで、 SNSによって日常的に脳がハッキングされている現代社会では、その必要性はますます高まっている。

・いまやほんとうの「富豪」は、ルームシェアのアパートで暮らし、野菜ばかりを食べ、「世界を変える」ために慈善団体にせっせと寄付をしているのだ。

・いずれにせよ確かなのは、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、現実世界とヴァーチャル世界の融合、すなわち「富から評判へ」という巨大なパラダイム転換がさらに加速したことだ。  この「革命」はまだ始まったばかりで、それがわたしたちをどこに連れていくのか、誰も知らない。

あとがき

・この状況を目の当たりにした(日本の未来を担う)子どもや若者たちは、「正直者が馬鹿を見る」という現実を思い知らされたはずだ。そんな社会で生き延びていくには、唯々諾々と常識(お上の要請)に従うのではなく、自分に有利なルールでゲームをプレイしなければならないし、そうでなければあっという間に「下級国民」に落ちてしまう。このようにして、「ハック」はさらに広まっていくだろう。

コメント

本書の内容については『スピリチュアルズ』や『無理ゲー社会』のなかで記載されていた内容と重複する部分はあるが、PART5のこの世界の切り抜け方については上記2冊では触れられていなかったように思う。

昨今のFIREやミニマリストの隆盛が、この無理ゲー社会を生き抜く手段であるという点は合点してしまった。

経済格差の拡大に対応する形で、FIREを目指し、なるべく不必要なものを買わず、捨てるというミニマリストをベースとするのは、最近自分も囚われている思想だったので、そこに意識的になれたのは本書を読んで1番良かった点。

橘玲氏の著作については、Amazonレビューなどを見ると辛辣な意見も書いてあったりするが、自分としては毎回海外の事例を知ることができたり、現代社会の潮流とそれに対する人々の反応など、トレンドとその理由を知るきっかけを与えてくれるので、そこまで否定的な意見はない。

まあ確かにここまで著者が有名になると自己啓発書ではないが、読んでいて楽しい、気分が良いから著書を買うという側面も否定できない。

そういう意味では本書はわたしにとっては自己啓発書や娯楽小説のようなものなのかもしれない。

これは余談だが、この本はKindleで購入して読んだのだが、慣れもあってかやはり紙の本のほうが読みやすく感じた。

物理的な紙の感触がないと、読書した気分になれないというか・・・。自分は結構アナログな人間かもしれない。

一言学び

ミニマリズムと FIREは、大衆消費資本主義にハックされることを拒絶する(回避する)試みで、 SNSによって日常的に脳がハッキングされている現代社会では、その必要性はますます高まっている。


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