読書レビュー:『黎明 日本左翼史 左派の誕生と弾圧・転向 1867-1945』(池上彰/佐藤優)

読書

読みたいと思ったきっかけ

この本はシリーズもので今回が4冊目で最終巻。これまでの3冊も購入し読んでいるが、完全に理解できたとは到底言えない状況・・・。


内容

目次

目次は以下のとおりとなっている。

はじめに 佐藤優
序章 「戦前左翼史」とは何か
第一章 「松方デフレ」と自由民権運動
第二章 社会主義運動と「大逆事件」
第三章 ロシア革命と「アナ・ボル論争」
第四章 日本共産党の結成と「転向」の問題
おわりに 池上彰

内容

わたしの気になった箇所について記載する。

序章

■この2人(評者注:天理教の教祖 中山みき、いわゆる大本教の教祖 出口なお)を代表格として、戦前の新宗教には当時の厳しい社会状況で貧困や家庭不和による辛酸を嘗めさせられてきた女性たちの姿が非常に目立ちます。(佐藤)

■おそらく後発資本主義国では割と共通してみられる現象ではあるのでしょうが、ナショナリズムと宗教と左翼運動が渾然一体となって、一見するとわけがわからない状態で拮抗していた。この三つ巴のフレームをまず理解しておかないと、戦前の思想史は語れません。(佐藤)

■戦後の右翼は単発的なテロは起こしても大きな運動を展開することはほとんどなくなり、宗教にしても、1960年代に公明党を結党した創価学会を除けば、どの教団も政治的な力をたいして持てなくなった。それが戦前と戦後の最も大きな違いではないかと思います。(佐藤)

第一章

■開国により日本が蒙った変化を数えあげ始めたらキリがありませんが、その中でも根源的に重要なことのひとつは、外国人や外国の文物を初めて目の当たりにした多くの人々の心に、「日本」という意識を生みだしたことです。(佐藤)

■初めてまともに外国と貿易をするようになって、日本の船を外国船と区別するための日本国共通の船舶旗が必要となり、薩摩藩主・島津斉彬の進言で、白い帆に朱の日の丸を日本船の総印として使用するようになった。(池上)

■国語教育の必要性を強く訴えたのが、「標準語」という言葉の発案者ともいわれる1867(慶応3)年生まれの言語学者・上田萬年ですね。上田も東京帝国大学で学んでいた若い頃は、各地から集ってくる同級生たちと日本語では意思疎通ができず、英語でコミュニケーションを取っていたそうです。日本語の標準語が形成される上で注目されるのは、話し言葉より書き言葉が先行したことです。(佐藤)

■1871(明治4)年に廃藩置県、1876(明治9)年に廃刀令などの改革が断行されて武士階級の不満はすでに溜まっていたでしょうが、とはいえ明治初期における日本の総人口の4%程度を占めていたに過ぎない士族たちの地位が揺らいだだけでは、社会構造が大きく変わったとは言えません。本当の意味で激震が走ったのは、この松方デフレによって農民たちの生活が脅かされてからのことだと思います。(佐藤)

■松方デフレによって日本各地で離農者が相次いだことも重要なポイントでしょうね。ひとつの社会で社会主義の思想・運動が広まる上では、社会の中に一定数のプロレタリアートが存在していなければならず、そのためには農村がある程度解体され、工業化されていることが前提となりますから。ところで、仮に松方正義がデフレを起こしていなければ、その後の日本はどうなっていたでしょうか?(池上)国家破綻して早々に西欧列強の植民地になっていたかもしれませんが、近代以降の世界史にはほぼ登場することのない、小さな農業国として細々と生き延びていた可能性もそれなりにありますね。(佐藤)

■現代の日本の場合、物価上昇のペースがあまりに急激で賃金の上昇が追いついていないので、これはこれで大いに問題があるのですが、政府や中央銀行が何年も取り組んでできなかったことを、戦争は一瞬にして実現してしまう。これはひとつの現実ではあります。(池上)

■そう考えると当時の3億円は、現在の6兆円になります。戦死者1人あたり約4億3500万円が入ってきたことになります。国家として非常にローリスク・ハイリターンな事業だったわけで、それゆえにここで日本は、国のトップから末端の国民まで、「戦争は儲かる」のだと学習してしまいました。だからこの後の日本はビジネスとしての戦争にのめりこみ、より儲かる投資のために10年に1度のペースで戦争をするような奇妙な国家になってしまいました。(佐藤)

■通俗道徳の強みは、誰が聞いても特段の反発を覚えないがゆえに強力なイデオロギー性を発揮する点にあります。今だってたとえば生活保護の問題が議論されるたびに「受給者は甘えている」「公的な支援を期待する前に、まず自助努力でなんとかしろ」という声が上がって必ず一定以上の支持を受けますからね。(佐藤)

■まさにそのとおりで、右翼思想の根本には、この松陰イズムがずっと脈打っていたのは間違いありません。ただ松陰が影響を及ぼしたのは右翼だけだったわけでもありません。当局から苛烈な弾圧を受けようと屈することなく戦おうとするメンタリティに関しては左翼にも濃厚に受け継がれました。(佐藤)

■ただ、内村と足尾の反対運動が最後まで足並みを揃えられなかったことには、左翼の側が抱える根本的な問題もあると思います。前述のように、右翼は宗教との親和性が高いので宗教とも結託し、宗教の力を利用することもできたわけですが、左翼の場合は核の部分に無神論があるがゆえに宗教の活用ということはなかなかできなかった。(佐藤)

第二章

■一般大衆のエネルギーが暴発すると、向かう方向が右であろうと左であろうと社会をリスクに晒すことのほうが多いわけですが、明治末期の日本ではこのエネルギーが左翼的な運動には向かわなかった、というのは押さえておくべきひとつの事実です。(佐藤)

■外国語習得にかける凄まじいまでの気魄と上達の速さは、堺に限らず明治の知識人に共通する資質ですね。境は後に、日本初の翻訳会社「売文社」を大杉栄と創業することになるのですが、多すぎなどはもともとできた英語とフランス語に加えて「一犯一語」を標榜し、監獄に入れられるたびにエスペラント語、ロシア語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語と使いこなせる言語を増やしていきました。(佐藤)

■廣松渉が『<近代の超克>論』でも言っているように、戦前において革命はタブーではなかったし、社会主義も決してタブーではなかった。ただ天皇制の否定だけがタブーでした。そもそも先ほど示したように、「天皇への反逆」という濡れ衣を着せられ殺された幸徳秋水にしても、本人はむしろ熱烈な尊王主義者の面さえありました。その意味では明治期を通じて、日本の反体制運動が天皇制と正面から闘うということはまだ非常に稀でした。(佐藤)

第四章

■リアルですし、文学としての鑑賞にも堪えます。しかし、どんなに過酷な拷問を受けても絶対に吐かず、畳針を刺されて気絶しても党のために頑張りぬくという作品のほうがエンタテインメントとしては面白い。読者を現実の政治運動に駆り立てる力がどちらにより備わっているかといえば、小林多喜二のほうでしょう。(佐藤)

■母親が自分を諌めるために自決したと知った時さえ踏みとどまった田中清玄は、この声明を読んだ時に「生涯で一番ぐらついた」と自伝で書いています。佐野・鍋山の声明がなぜそれほどの力を持ち、同志たちを雪崩のように転向させたかといえば、その理由のひとつは彼ら自身の内発的な思考が率直に綴られた、非常に真面目な文章であったからです。(佐藤)官憲に拷問されて、迎合するために心ない言葉を並べただけだったら苦楽をともにした同志たちにはすぐにそれとわかったでしょうからね。そうではなく、佐野と鍋山が自分たちの運動について獄中で真剣に総括した末に導き出した結論だったから伝わった。(池上)

■けっきょく天皇制という制度を設定して、ものすごく恐ろしい制度であると描き出した「32年テーゼ」とは自己成就する予言だった、ということですよね。最初は現実とはズレのある、あまり似ていない似顔絵だったのが、少しずつ少しずつ現実のほうが絵に近づいていき、最後は描いた通りの恐ろしい国家になっていった、ということだと思います。(佐藤)

コメント

このシリーズ前作で最後かと思っていたら、時代を遡って4冊目も刊行されるとは。

内容としては副題にある通り明治維新前後からアジア太平洋戦争の終戦までのあいだの左翼の歴史的な背景や動きを概観していくものとなっている。

歴史の教科書で出てくる廃藩置県や松方デフレなどの政策的な話が登場したり、また人物としても幸徳秋水や堺利彦、中江兆民といった「知っている」人が登場するので、本書の前半部分は割と理解しやすいように感じた。

やはりある程度、登場する人物や組織の名称を知っていること、少なくとも初見でないことは本に書かれている内容を理解するうえでは必要不可欠かもしれない。

このシリーズの過去3冊については、左翼の様々な団体名や人物がたくさん出てくるうえに、それらがほとんど初めて接するものばかりだったので一読しただけではまったく内容を理解できなかったのが正直なところ。

その点でいうと今回の第4冊目が今までで一番理解しながら読むことができたように思う。

まあこのあたりは自分の不勉強のせいなので属人的な問題ではあるのだけれど。

そのなかでも戦前と戦後の違いとして「戦前はナショナリズムと宗教と左翼運動が渾然一体となって」いることが挙げられているのは興味深かった。

今となってはこの3つが同列に扱われることはないし、むしろ相容れない部分が多いように感じるが、戦前においてはそれらが一体となっていたというのは意外な部分であり、このフレームがわからないと戦前の左翼史がわからなくなるという。

世界的に反移民の潮流が広がるなかではナショナリズム、国内外で対立の根源となっている宗教と左翼運動がどう結びついていたのか。

このことを整理しておくことは今後の政治的・社会的な動きを掴むのに活きてくるはず。

本書は比較的理解できたとはいえ、まだまだ消化不良の部分も多い。

この4冊目でシリーズは完結ということなので、まずは本書も含めもう一度本シリーズを読み直すようにしなければ。。。

一言学び

おそらく後発資本主義国では割と共通してみられる現象ではあるのでしょうが、ナショナリズムと宗教と左翼運動が渾然一体となって、一見するとわけがわからない状態で拮抗していた。


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