読みたいと思ったきっかけ
楠木建氏にハマっており、著者買い。
こちらも『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』と同様に300ページを超えるボリューム。

内容
目次
目次は以下のとおりとなっている。
はじめに | ||
第1部 | : | 戦略論 |
第2部 | : | 経営論 |
第3部 | : | 戦略対談ーー戦略ストーリーを解読する |
内容
わたしの気になった箇所について記載する。
はじめに
※特になし
第1部(戦略論)
■売上高はエレコムが約1,000億円、トラスコ中山が2,200億円だが、注目すべきはその収益力だ。営業利益率はもちろん、筆者が稼ぐ力の指標としてもっとも意味があると考えるROIC(投下資本利益率)でも安定して業界平均を大きく上回る。
■Q企業のカギは専業性だ。規模の大小を問わず、競争力がある日本企業には特定の事業領域に特化し、深堀りすることで他者が容易に模倣できない価値を実現している会社が多い。ファーストリテイリングやトヨタもそうだが、エアコンのダイキン工業、モーターの日本電産(現・ニデック)、建設機械のコマツ、お茶飲料の伊藤園、いずれも特定の事業領域に「一意専心」することによって利益と成長を持続しているQ企業だ。
■提供価値そのものが非連続であっても、人間の本性を鷲掴みにするようなものでなければイノベーションにはならない。保守思想が重要だと考えるのは、まさにこの点にある。人間の本姓は不変であり、人間の需要は本質の部分で連続している。社会にインパクトをもたらし、人びとの生活を変えるようなイノベーションほど、「言われてみれば当たり前」という面がある。「当たり前」だと感じるのは、イノベーションが非連続であると同時に、人間の需要の連続性をとらえているからだ。
■なぜ「ベター」は戦略になりえないか。比較級で違いを作ろうとするとイタチごっこに陥ってしまうからです。他社も遅かれ早かれ、多かれ少なかれ、その物差しの上でベターになろうと努力するはずです。一時的にベターであっても、すぐに追いつかれてしまいます。つまり、違いの賞味期限が短い。刹那的な利益は獲得できても、長期的な競争優位にはなり得ません。
■違いがあるから選ばれる。競争戦略とは、競合他社との「違い」をつくることに他ならない。優れた戦略はさまざまな違いが骨太の因果関係でつながった「ストーリー」である、というのが筆者の年来の主張だ。
■「作る」より「売る」ほうが何倍も大切ーーあらゆる商売に共通の原理原則だ。商品の競争力で注目されるワークマンだが、その戦略の真骨頂は「作る」よりもむしろ「売る」側にある。
■戦略の起点にして基点はコンセプトーー顧客価値の本質を凝縮して表現する言葉ーーの定義にある。「本当のところ何を売っているのか」に対する答えといってもよい。優れた戦略の出発点にはユニークなコンセプトの定義がある。
■「本当のところ何を売るのか」というコンセプトの定義は、「誰に売るのか」というターゲット顧客の選定と表裏一体の関係にある。トレードオフの観点からすれば、「誰に好かれるか」よりも「誰に嫌われ(ようとす)るか」のほうが重要な意味を持つ。「全員から好かれている」は「誰からも愛されていない」に等しい。八方美人には一貫した戦略は構想できない。
■筆者が監訳した本のひとつに『道端の経営学』がある。同書の中で、著者の一人であるマイケル・マッツェオが「マイクの法則」というものを提示している。マイクの法則は2つの命題から成り立っている。マイクの法則1「すべては場合によりけり」マイクの法則2「場合によりけりでなければ戦略ではない」言うまでもないが、マッツェオは皮肉をこめて「法則」という言葉を使っている。戦略とは一般的な「正解」なり「法則」が存在しない世界であるということをよく示している。
■個別事業レベルでの一貫性がないことにおいて一貫している。ひとつの事業に腰を据えないということにおいて腰が据わっている。逆説的な表現になるが、O企業の経営というのはそういうものだ。オポチュニティの波乗りの過程でいくつもの「ハズレ」が出てくるのは避けられない。ある局面で「不格好経営」になるのは当然だ。
■事業ポートフォリオ全体を見渡して、最適な事業構成を考え、どこに出てどこから引くかを決める「全社戦略」と、個別の事業が競争の中でどのように稼いでいくのかを決める「競争戦略」は異なる。先述したようにキュレーション・メディア事業の参入にはいくつもの合理的な理由があるが、ひとたび参入した後は、勝負は事業としての競争戦略とそれに沿ったオペレーションの能力にかかっている。一連の報道に目を通す限り、キュレーション・メディア事業については、競争戦略の不全を感じる。
■ここで大切なポイントは、「経営者」と「担当者」との区別である。優れた競争戦略は組織的分業からは生まれない。戦略は「部署」ではなく「人」がつくるものだ。本社中枢の「経営戦略室」や「経営企画部」といった部署のスタッフはそもそも戦略を構想する任にない。戦略はあくまでもその事業の経営者がつくるもの。経営企画部門はそういう経営者がいるという前提で、経営者をサポートする「担当者」に過ぎない。
■繰り返し強調するが、一度ある事業を立ち上げてしまえば、その後に本社のトップマネジメントができることは限られている。事業の成否はそれをドライブしていく経営者にかかっている。事業経営者の重要性は筆舌に尽くしがたい。経営者にはセンスとしか言いようがないものが求められる。スキルは育てられるが、センスは育てられない。しかも、スキルに長けた担当者は労働市場から調達できる。一方のセンスには育てるための体系的な方法がない。だから、経営人材は最重要であると同時に常に最も稀少な経営資源となる。
■「自分で全部動かせる」という意識がない人に戦略ストーリーは作れません。鍵になる打ち手について他者の意向に左右されない状態。それが「自由」の一義的な意味合いです。
■「正射必中で行きます」と、創業経営者の青木さんは言います。正しい構えで弓を射れば、結果として必ず的に当たる。つまり、自分たちの戦略ストーリーを粛々と動かしていけば、結果として儲かるという考え方です。経営は放っておくと「必中正射」になってしまうものです。必ず当てなきゃいけない、そのためにどうすればいいか……こうした思考の順番に陥ると、一貫した戦略は失われ、結局は的を外すことになります。
■「一理ある」が口癖の人がいます。僕に言わせれば二流経営者の証明です。世の中に一理もないことなんてありません。戦略や決断とは、異なる理のどちらを取るのかということです。それはどちらかの理を捨てるということでもあります。
■星野さんのように優れた戦略的センスを持つ経営者は、おもてなしという言葉1つとっても、まずそれが「何でないか」を考える。differentがどこにあるかを捉える。ところが二流経営者は、おもてなしと聞くと「きめの細かいサービスで頑張るぞ」とbetterの方向に走ってしまう。きめの細かいサービスは、コストをかければどのホテルでもできます。持続的な違いにはならない。概念と対概念という考え方がいかに大切かを示す好例です。
第2部(経営論)
■今やEは単なる規制やルールではなく、「実需」です。産業財で言えば、CO2削減に関わるさまざまな技術、装置、サービス、プロセス、こういうものが広範かつ大きな需要として広がっています。環境負荷を減らしていく活動は、ターゲットを決めて長い時間をかけた改善がカギになります。現場で毎日動いているいろいろな人を巻き込んだオペレーションを総動員して、取り組むべき問題です。相対的に日本に向いている分野かもしれません。
■いつも言っていることですが、つまるところすべては時間軸の取り方に帰結するというのが僕の考えです。短期の売買なのか長期エンゲージメントなのかーーこれがアクティビストの質を決める基準です。
■シナジーは競争力の原因ではなく、ほとんどの場合は結果です。シナジーという結果に到達する道筋を論理的に示す。これが戦略であり、そうした戦略を創ることに経営者の本領があります。
■短期視点と長期視点の違いは、可視化できるか・できないかにあります。人間は目に見えるものに引っ張られがちなので、どんどん短期的な思考に流れて行ってしまう。そうならないよう、長期的な視点で的確に物事を判断していく役割を金融機関に果たしてもらいたいのです。(石井)僕が考えるリーダーシップと同じです。リーダーとは、長期視点を回復できる人。もしくは、手段を目的化していく分業構造の中で、目的と手段の本来の関係を取り戻せる人です。(楠木)
■法則や方法を知ろうとするのではなく、ぶれない軸足としての論理を獲得する。こういう目的で経営学の本を読むことをお勧めします。
■経営は一回一回が新しいことばかりですから、「これはいつか見た風景」「どこかで通った道」という引き出しがある人がやはり強い。具体的なレベルでの経験は無数にありますが、それでは数が多すぎる。だから「要するに大切なのはこういうことだ」と抽象化することが大切です。優れた経営者は20か30ぐらいの練り上げられた引き出しを持っているものです。
■繰り返しになりますが、長く読みつがれている本を読むのがベストです。本に答えを求めないでください。答えは読む人の中にしかない。答えを出すときの視点、考え方をインストールするつもりで、論理を体得するというのが正しい構えです。
■「去年今年貫く棒の如きもの」という高浜虚子の名句があります。目まぐるしく変化する時勢や時相を貫くものこそが本質です。
■終身雇用と年功序列は、日本の一部の大企業が高度成長期の経営環境に適合した結果に過ぎないというのが本当のところです。裏を返せば、高度成長の追い風という特殊条件がなければ成立しない「戒厳令」のようなものです。終身雇用を保障しつつ、会社にいればいるだけ待遇が良くなるというのは、超論理的としか言いようがない。高度成長の期間より高度成長期が過ぎ去ってからのほうがずっと長くなった今、戒厳令をひっこめるのは当然です。盛田の言う「会社は働くところ、もうけるところ、おたがいに厳しく評価しあって事業を進めるところ、という会社本来のフィロソフィー」は普遍にして不変の原理原則です。
■しかし、僕に言わせれば、グローバル化に本当に必要なのは、「グローバル人材」ではなくて事業経営者。すなわち、海外に出て行って、ゼロから商売を立ち上げる、もしくは商売丸ごとを動かせる人の存在です。日本に限らず、この意味での経営人材はもっとも稀少な経営資源です。日本企業のグローバル化の最大の障壁は、グローバル人材の不足ではなく、経営人材の不足にあります。
■経営がセンスに依存していて、スキルだけではどうにもならないということは、異性にモテようとして会話のスキルや身だしなみのスキルを勉強してもなかなかうまくいかないのと同じです。上達の道は、実際にいっぱいデートしてみるしかありません。そう考えると、”デート”の機会がやたらに多いのが、日本の商社だと思うのです。
■「首尾一貫している人など私は一度も見たことがない」ーーサマセット・モームが喝破したように、矛盾にこそ人間の本質がある。過去の成功体験にとらわれた晩年の迷走や血族経営への執着は老醜に近い。そうした矛盾を抱え、葛藤に苦しみながら、最後に「素直に生きる」と絞り出す。自分を棚に上げず、矛盾と真正面から向き合う。だからこそ、言葉に尋常ならざる迫力がある。
■底抜けに明るく情熱的な本田と対照的に、藤沢は冷静沈着な戦略家だった。「金儲けならば本田より上」という強烈な自負があった。ホンダが過剰投資で財政危機に陥ると、本社とは別に銀座のビルに部屋を借り、一人引きこもって戦略を練った。外交と軍事のアンバランスを批判した清沢洌『日本外交史』を愛読し、ホンダの経営における技術と営業のバランスに腐心した。
■これはこれでもちろん価値がある。スキルを持っているに越したことはない。しかし、リーダーの真の価値とは、ようするに「あいつは稼げるよ」「あいつは頼りになる」と思われるということだ。別に営業のプロとか社長業でなくてもいい。財務のような間接部門に分類される仕事でも、「あいつは儲けの匂いがする……」と思わせる人がいるものだ。
第3部(戦略対談ーー戦略ストーリーを解読する)
■これは不動産業界に限ったことではなく、どんなBtoCビジネスでも営業マンの仕事力は、出身大学の偏差値と反比例すると思います。頭のいい人は慇懃無礼だったりしますから。一方、BtoBだったら逆で、相手に優秀であるというアピールが重要だから、偏差値が高いほうが有利でしょう。BtoCは、自分がお客さんより下の立場にならないとだめです。上の立場に立ちたいのは、人の本性です。僕も長らくわからなかったのですが、人は自分が上の立場になりたいと本能で思うから、へりくだってくれる人を好きになる。だから、お客さんはロジックで整然と説明する営業マンよりも、礼儀正しく感じがいい営業マンを好きになる。人に好きになってもらうと、自然と家も売れるのです。(荒井:オープンハウス代表取締役社長 荒井正昭氏との対談)
■対人サービスに価値がないイメージの職場で、サービス価値を導入している点がとても興味深いですね。価値の半分は背景で決まると思います。たとえば、私立文系コースで数学ができると数学が得意な人と思われますが、私立理系コースで数学ができても目立ちません。つまり背景が明るいところで、自分が明るい光を放っても見えない。(楠木:日本駐車場開発社長 巽一久氏との対談)
■それをやったら、戦略の一貫性が崩れてしまいますからね。本当に優れた戦略ならば本来は20年や30年はもつはずなのに、誘惑に負けて自らその戦略を変えてしまう経営者が多い。少し成長が鈍ると目先の利益に食いついてしまう。「オポチュニティ(機会)は商売の友」と言いますが、私から言わせれば、敵にもなり得る。(楠木:みさき投資社長 中神康議氏との対談)
コメント
『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』と同じように、その内容は個人の有料ブログの記事や新聞や雑誌などの記事から構成されている。
「戦略と経営」のためか、スカイマークの機内誌からの無いようだ。
「はじめに」にも記載あるが、10年近く前に書かれたものもあって、ニュースとしては古さを感じる部分があるが、そういった事例からも勉強になることは多くあり、内容の古さは全く感じさせない。
「世の中に一理もないことなんてありません。戦略や決断とは、異なる理のどちらを取るのかということ」という指摘に目を開かされた。
何かしら道理があるなかで、どちらを選ぶか。その選択に経営者の力量が反映される。
自分は会話の中でよく「一理ある」と言ってしまっている自覚があるので戒めにしなければ。
また読書する身としては「本に答えを求めないでください。答えは読む人の中にしかない」という指摘も痛いところ。
ついつい答えを求めて本を開いてしまいがちだが、そこからどういうロジックを引き出し、自分の環境に活かしていくか。
「活かしてやる」という視点が希薄だと、ただ読んだだけで終わってしまう。
自分自身もこれを避けるためにこの記録を続けているところではあるが、改めてそれを意識せねばならない。
この書籍で一番の学びは「事業経営者」という視点。
「海外に出て行って、ゼロから商売を立ち上げる、もしくは商売丸ごとを動かせる人の存在」である事業経営者であり、この人材が希少資源であること、またそういった人材の育成の場として日本の商社が機能しているという。
プロジェクトを回すのは一事業の経営を追体験できるという意味では、確かに日本の商社はその機会に恵まれているように思うし、だからこそ優秀な経営人材が多数排出されているのだろう。
商社にでもいない限り、なかなかプロジェクト丸々回す経験は得られないと思うが、「事業を回す」という視点を常に持ちながら仕事をすることは有益に感じる。
ある程度俯瞰して自分の仕事を見ること。まずはそこからか。
自分自身もそういった「事業を回す」経験ができそうな場を探し、積極的に関与していく必要がありそうだ。
一言学び
僕に言わせれば、グローバル化に本当に必要なのは、「グローバル人材」ではなくて事業経営者。
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