本を読めているのだろうか

読書

本を読むことが好きで、よく本を読む。ただ、たまに自分が本当に読めているのか気になることがある。

結局、字面を追っているだけで内容が頭に入っていないのではないか、と心配になる。

意識的に内容を理解しようと努めないと本の中身が頭に入ることはないというのは、なんとなく想像がつく。

これは当然のことといえば当然のことなのであるが、本を読むこと自体が目的になっていたりすると、内容の理解が乏しくなる。

一般的な意味での読解力については、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の著者である新井紀子氏が主導する国立情報学研究所を中心とする研究チームが開発した、基礎的読解力を測定する「リーディングスキルテスト(RST)」をわたしは受けたことがある。

上記の記事でも書いているが、わたしの読解力はたぶん平均ぐらいだと思われる。

高度な読解力はないけど、壊滅的に読めていないわけでもないといったところか。

ただ、この読解力を十分に発揮するにはそのときの集中力も重要になってくるように感じる。

つまり、「読解力✕集中力=読めている度合い・結果」となるのではないだろうか。

どれだけ優れた読解力を持っていても、集中力がなければそれを発揮することは難しいだろうし、逆に集中力だけあっても読解力がなければ、きちんと内容を理解することはできないだろう。

もっとも読解力がある人は読むときにそこまで集中力を要さないという可能性は否定できない。読解力があれば、読みに対する認知的な負荷も低いだろうから、普通の人よりも集中しなくても読解できてしまうかもしれない。

わたしに限っていえば、優れた読解力を持っているわけではないので、上記のように集中力不要とはならない。

そうであればきちんと内容を理解して読むには集中力が果たす役割も大きくなってくる。

いかに集中して本を読めるか。

それは周りに気を散らすようなものがないとか、読んでるときに眠くならないなど、そうした読むときの自分の心身の状態を含めた環境を整備することだと思う。

本を読むには、そういった環境整備も重要になるということだろう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました