読みたいと思ったきっかけ
楠木建氏の『絶対悲観主義』を読んだことで、氏の他の著作も読みたくなって購入した。
内容
目次
目次は以下のとおりとなっている。
はじめに | : | 「逆・タイムマシン経営論」とは何か |
第1部:飛び道具トラップ | ||
第1章 | : | 「サブスク」に見る同時代性の罠 |
第2章 | : | 秘密兵器と期待された「ERP」 |
第3章 | : | 「SIS」の光と影 |
第4章 | : | 「飛び道具サプライヤー」の心理と論理 |
第5章 | : | 「飛び道具トラップ」のメカニズム |
第2部:激動期トラップ | ||
第6章 | : | 「大きな変化」ほどゆっくり進む |
第7章 | : | 技術の非連続性と人間の連続性 |
第8章 | : | 忘れられた「革新的製品」 |
第9章 | : | 激動を錯覚させる「テンゼロ論」 |
第10章 | : | ビジネスに「革命」はない |
第3部:遠近歪曲トラップ | ||
第11章 | : | 「シリコンバレー礼賛」に見る遠近歪曲 |
第12章 | : | 半世紀にわたって「崩壊」を続ける「日本的経営」 |
第13章 | : | 人工は増えても減っても「諸悪の根源」 |
第14章 | : | 海外スターCEOの評価に見る遠近歪曲 |
第15章 | : | 「日本企業」という幻想 |
おわりに |
内容
わたしの気になった箇所について記載する。
はじめに
・逆・タイムマシン経営論が意図するのは、「情報収集」や「スキル開発」のための技法やフレームワークの提供ではありません。本書が提示するのは、情報とつき合う際の「思考の型」であり、正しい状況認識と意志決定の「センス」、引いては自らの価値基準となる「教養」を錬成するための「知的作法」です。
第1部:飛び道具トラップ
第2章
・ITの本質はコンピューターによる計算技術ですが、その汎用性ゆえに「何ができて、何ができないか」という線引きがあいまいです。このため、必ずしもITの専門家ではない経営者は、過剰な期待や過度な幻想を抱きがちです。
・欧米におけるERP活用の最大の眼目は人員削減によるコストダウンにありました。日本の大企業にとって人員削減の回避が至上命題だったにもかかわらず、ERPの導入は人員削減を前提としていたのです。ERPの設計思想と日本の企業の現実の間には根本的なミスマッチがありました。
・ITには「新奇性」と「即効性」という2つの大きな特徴がある(かのように見える)からだというのがわれわれの見解です。「最先端のテック」は、それが今までになかったものだけに、使う側に過剰な有用感、もっといえば万能感を与えます。しかも、そうしたツールは「パッケージ」「モジュール」として提供されるため、予算立てしてカネさえ払えば(使いこなせるかどうかは別にして)即時入手可能です。即効性が高いという印象を与えやすいわけです。
第3章
・商売の目的はつまるところ長期利益の獲得にあります。
第4章
・コンサルティングという無形のサービスでは、何よりも「実績」と「名声」が重要で、これがフィー(報酬)を大きく左右します。信頼を確立してクライアントを獲得するには実績が必要になります。コンサルティング会社は「実績を積まなければ受注できないが、初めは誰も実績がない」というジレンマを抱えてスタートする宿命にあります。マッキンゼーが日本でこの難題を乗り越え、ブランドを確立できた最大の契機は、住友銀行の「組織改革プロジェクト」の成功でした。
・飛び道具を求めるのは古今東西、普遍にして不変の人間の本姓です。だからこそ同時代性の罠を意識し、それが作動するメカニズムを理解することが大切です。
第5章
・18世紀の英国で活躍した文学者、サミュエル・ジョンソンは言っています。「愚行の原因は似ても似つかぬ者をまねすることにある」ーー言い得て妙です。ここに飛び道具トラップの本質が凝縮して表現されています。
・とりわけこの10年のスマホの普及は人間の思考をどんどん浅くしているといえそうです。「情報の豊かさは注意の貧困を生む」。ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンの名言です。人間の脳のキャパシティが一定ならば、触れる情報の数が多くなるほど一つ一つの情報に傾注する注意の量は小さくなるのは当然の帰結です。
・飛び道具トラップが発動したときにどう対応するか、そこにその企業の経営の質が如実に表れるものです。この意味でも、飛び道具トラップは注目に値します。過去に現れては消えた飛び道具への対応事例をじっくり検討することは、経営力の神髄を知るうえで格好の思考のトレーニングとなるでしょう。
第2部:激動期トラップ
第6章
・なぜ過去50年にわたる自動車の未来予測の多くが外れているのでしょうか。あっさりいえば、ほとんどの未来予測に「ユーザーの視点」が抜け落ちているからです。「顧客の立場で考える」ーー商売の基本にして原理原則ですが、こと未来予測となると基本がどこかに行ってしまう。これが人間の思考や認識の面白いところです。
・「できる」と「する」のギャップが生じるところに同時代性の罠が口を開けています。
・ここでのポイントは、ほとんどの場合「要素がシステムに先行する」ということです。システムの下位にある要素技術の開発が先に進み、上位システムの開発や整備は後から追いついていくというのが現実です。
第7章
・新しい技術が過去の技術を破壊し、代替することはあっても、それを利用する人間は常に過去から未来への一本の連続した時間の流れの中に生きています。
・技術は非連続でも、それを使う人間と人間の需要は常に連続している。
・当然のことながら、若い世代ほどすぐに新しい情報端末に対応します。なぜならば、今も昔も若い世代には絶対的に有利な点があるからです。それは「アタマが軟らかい」というだけではありません。若者は圧倒的に暇なのです。働き盛りの中年世代は責任ある仕事を抱え、子どもの教育など家庭の問題にも対応しなければなりません。ようやく子どもの手が離れると親の介護が始まり、いつも何かに追われています。これに対して若者は「余儀なくされる活動」が少ない。あっさりいえば、暇なのです。
・電灯に限らず、あらゆるビジネスは問題解決です。商品にしてもサービスにしても、顧客の抱える何らかの問題を解決することによって対価を得る。古今東西、これが商売の実相です。
・このところ次々に発売される「スマート○○」という製品やサービスの多くが広範なユーザーに受け入れられずにすぐに頭打ちになるのは、「問題解決の過剰」という押し売り状態になってしまうからです。
第9章
・「歴史は後ろ向きの預言者である」ーードイツの文学者、アウグスト・シュレーゲルの言葉です。いついかなる時代も大きな歴史の流れの中にあります。過去から連綿と続く歴史を振り返ることなしに、正しい時代認識と大局観は得られません。現れては消える「テンゼロ」論は、この不変の真理をわれわれに教えてくれる格好の反面教師です。
第10章
・「従来にないビジネスモデル」というのですが、「シェアリングエコノミー」は特段の新しい現象ではありません。この辺りは、第1章でご紹介した「サブスクリプション」を彷彿とさせます。所有権を利用権に転換し、それを時間的に分割し小口化する。これが「シェア」の本質です。
・投資家が時価総額に関心を抱くのは当然です。しかし、経営者をはじめとするビジネスパーソンの本領は、長期利益をもたらすような持続的な価値の創出にあります。
・文脈思考をする上で最も簡便で有効な方法は、激動案件を自分自身に関連づけ、「自分事」として考えてみることです。リアルな自分事であれば、誰もが自然と文脈思考をするものです。
・技術が非連続なものであっても、それを使う側にいる人間の需要は常に連続しています。非連続な何かを目にすると、人間が本来的に持っている連続性を無視ないし軽視するというバイアスがかかります。これが往々にして激動期トラップを引き起こします。
・変化のスピードが最も速いと言われるIT業界でさえこうなのです。大きな変化ほどゆっくりとしか進まない。大きな変化は振り返ったときにはじめてわかるーー。これが逆・タイムマシン経営論の結論です。
・これからも激動期トラップが繰り返し発動するのは間違いありません。そこでお薦めしたいのは、近い将来に激動期トラップの事例になりそうな記事を今から意識的にストックしておくことです。新聞や雑誌で「これはのちのち読み返せばシビれることになりそうだ・・・・・・」というネタを見かけたら、簡単なメモをつけてファイルしておく。つまり、逆・タイムマシン経営論の先取りというか仕込みです。
第3部:遠近歪曲トラップ
第11章
・1つの企業がダメになっても、手に職を持った技術者が企業を渡り歩き、資本も機動的に移動することによって、次々と新しいベンチャーが生まれます。イノベーションの成功は確率と割り切れば、論理的な正解は試行の回数をひたすら増やすということになります。良くも悪くも「超多産多死による高速の新陳代謝」、ここにシリコンバレーにユニークな生態系の特質があります。
・もちろんシリコンバレーにも学ぶことは多々あります。ただし、それを自国や自社の文脈にうまく移植できなければ成果は生まれません。そもそもシリコンバレーの超多産多死の生態系は万能ではありません。インターネットのような変化の激しい、しかもオペレーションの蓄積をそれほど必要としない情報技術には完璧にフィットしても、それとは異なる性格を持つビジネスにとっては、かえって仇になる面もあります。
第12章
・アメリカ合衆国海軍東インド艦隊を率いてペリーが浦賀にやってきて以来、約170年もの時が経過しています。にもかかわらず、依然として「黒船」というメタファーが多用されるのは、われわれ日本人の認識に「外国=脅威」というバイアスが強くかかっていることを物語っています。
第13章
・何も日本に限った話ではありません。「構造改革は当面必要ない」などとのんきなことを言っている政治指導者はこの世に一人もいません。古今東西、全員が全員構造改革を旗印にして何十年もやってきました。にもかかわらず、いまだに構造改革が完遂したという話は聞きません。
・誰にとってもハッピーな「構造」というのは、定義からしてあり得ません。何をやっても、喜ぶ人がいれば、それと同じぐらいかもっと多くの人が嘆き、悲しみ、怒りを表明します。
第15章
・言い換えれば、労働市場で人がダブつき「とにかく雇ってください」という就職氷河期的状況は経営を弛緩させます。外的規律がないと人間は必ず楽な方向へと流れていくものです。労働市場からくる規律の強化は経営の質的向上につながるはずです。
・「人手不足倒産」と言いますが、人手不足で潰れるような会社は、そもそも存在理由をすっかり喪失してしまっている会社が多いのではないでしょうか。ゾンビ企業が無理を重ねて生き残ってきたことのほうが問題です。まともな「働き方」を提供できない会社が退場を余儀なくされれば、人材は労働市場を通じてより社会にとって必要とされているセクターへと移動していきます。シリコンバレーほどではないにせよ、こうした新陳代謝が進んだほうが、社会としてはずっと健全です。
・新しいテクノロジーを支えるのは「切実な需要」です。大量の移民が安価な労働力として入ってきたら、新しいテクノロジーを応用したビジネスに対する需要は抑制され、チャンスの芽が摘まれてしまいます。移民の受け入れによる労働人口や消費人口の増大は、問題の先送りにしかなりません。
・何かにつけて「マクロ環境他責」へと流れた揚げ句に思考停止に陥る。これが二流ビジネスパーソンの特徴です。すべてが都合良くお膳立てされているような状況はあり得ません。いつの時代であっても、どこにいても、企業と経営を取り巻く環境には機会と脅威が混在しています。一流のビジネスパーソンは直面している状況を凝視し、自社の現実を直視するものです。
・起業家精神は大企業経営の哲学とは根本において相反している、というのがジェニーン(※ハロルド・ジェニーン)の考えです。
・「日本企業」はフィクションです。現実にはどこにも存在しません。企業経営というミクロの次元では、1つとして同じ経営はありません。極端な例でいえば、日本製鉄とメルカリはどちらも「日本企業」ですが、両者の経営に共通点はほとんどないでしょう。
・逆・タイムマシン経営論が有用だとわれわれが信じるのは、近過去の歴史を振り返るという作業、ものごとの本質とともにそれをとりまく文脈の総体を理解する方法としてもっとも有効だからです。
コメント
まだ楠木建氏の著作としては『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』『「仕事ができる」とはどういうことか?』(山口周氏との対談本)を読んだだけであるが、やはり今回も抜群に面白かった。
面白いと思う本は例外なく時間を忘れてどんどん読めてしまうし、読むのが楽しく苦痛でない。だからこそ面白いと思っているわけでもあるが。
飛び道具トラップ、激動期トラップ、遠近歪曲トラップのどれも参考になるし、自分の周りにも具体的に当てはまった。
なかでも飛び道具トラップ。
わたしも会社の内部でAIを使って業務改革できないか、というまさしく飛び道具トラップに陥った上司の指令を受けたことがある。
そのときシステム担当者は「この程度のことであればAIは不要」とコメントしていたが、その上司は「AIを使いたい」といった本末転倒のことを言っていたが、これこそまさに飛び道具トラップの一例だと思う。
「AIを使って何かした」という花火を上げたいがためだけにAIを使用したいという意図が見え透いていたが、それだけ飛び道具トラップの誘惑が強いということなのかもしれない。
また激動期トラップについては、結局いつの時代も「いまが激動期」と言っていたという歴史を本書を通じて知ることができたのも大きかった。
AIや在宅勤務、ジョブ型雇用などが叫ばれていて、今も現在進行形で「激動期」と言われているが結局はこの激動期も今までとおなじ「激動期」なのかもしれない。
もちろん本当に激動期であるかもしれないが、そうであってたとして本書で記載のあるとおり「大きな変化ほどゆっくり進む」とすれば、1〜2年でどうこうなる話でもないだろう。
全体を通して学ぶことが多いが、やはりマクロ環境に他責せず、安易なツールや方法に飛びつかず、自分や自社が置かれている具体的な状況を考えたうえで必要なアクションを取る、という当たり前のことを当たり前に実施していくほかにないという事実が改めて強調されているように思う。このあたりは『ストーリーとしての競争戦略』でも同じように感じたが、本書を読んでも再度その認識を強くした。
今回も間違いなくオススメできる1冊。
一言学び
技術は非連続でも、それを使う人間と人間の需要は常に連続している。
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