読書レビュー:『「能力」の生きづらさをほぐす』(勅使川原真衣)

読書

読みたいと思ったきっかけ

新聞の書評欄で見かけたのがきっかけ。

学校や職場問わず、否が応でもついてまわる「能力」がトピックということで興味が湧き購入した。

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「能力」の生きづらさをほぐす [ 勅使川原 真衣 ]
価格:2200円(税込、送料無料) (2023/3/1時点)


内容

目次

目次は以下のとおりとなっている。

 

はじめに    
プロローグ 母さん、僕は仕事のできない、能力のないやつですか?
第1話 能力の乱高下
第2話 能力の化けの皮剥がし ー 教育社会学ことはじめ
第3話 不穏な「求める能力」 ー 尖るのを止めた大学
第4話 能力の泥沼 ー 誰も知らない本当の私
第5話 求ム、能力屋さん ー 人材開発業界の価値
第6話 爆売れ・リーダーシップ ー 「能力」が売れるカラクリ①
第7話 止まらぬ進化と深化 ー 「能力」が売れるカラクリ②
第8話 問題はあなたのメンタル ー 能力開発の行き着く先
第9話 葛藤をなくさない ー 母から子へ
エピローグ 母さん、ふつうでない私は幸せになれますか?
伴走者からの言葉 磯野真穂
おわりに    

内容

わたしの気になった箇所について記載する。

第1話(能力の乱高下)

・「きみの尖りがいまいち」「もっとイノベーティブに!」と仮に指摘されたとして、じゃあどういった考え方や言動を具体的に改善すればいいか、見当がつく?こういう言葉を、わかるようでわからない「ビッグワード」と呼ぶんじゃない?こういう雲をつかむような、内実のない能力論にからめとられている個人・組織は少なくないと現場でずっと感じてきた。

第2話(能力の化けの皮剥がし ー 教育社会学ことはじめ)

・それを「家柄で決めます」とか、「ルックスで決めます」とか言うと、「それは差別」と簡単に火の手が上がる。「あなたの能力次第で収入が決まります」と言われれば、なんだか納得してしまうよね。「能力」って不思議。漠然としているのに、すごい影響力を持っている。

・一番はじめにお伝えしたい事実。それは、「能力」に基づく社会的地位や社会資源の分配、職歴や収入といったものは、公平な社会の仕組みの産物のようでいて、実際は「生まれ」による影響が強いことがすでに明らかになっている。平たく言えば、親が医者なら子も医者になる、といった「社会的再生産」と呼ばれる現象を証拠とともに、提示したんだ。

第3話(不穏な「求める能力」 ー 尖るのを止めた大学)

・こんなときこそ教育社会学視点の出番だよね。「なぜそうなってしまうのか?」と問うて、そのメカニズムを解明し、「そのような仕組みを後世に継ぐべきなのか」と考えて提案するんだよね?

・個人が大学に行く理由は、純粋に学問をすることのみにあらず。”人生の水路”としての「学歴」を獲得して、「より良い仕事を得る」という狙いも含まれると。その意味で、大学の存続には、企業からの評判も、大いに関係してくるというわけだ。

・いやいや、大学教育を受けることって、事例にしたような私立大学だと学生時代の4年間に加えて、その前の予備校費用、さらには下宿代などを含めるとゆうに1000万円近い買い物だよ?経済界側が求めてくるあいまいな「能力」に揺らぎ、右往左往せざるをえない教育に、大枚を叩くのが常識だなんて・・・・・・健全な社会とは思えない。

第4話(能力の泥沼 ー 誰も知らない本当の私)

・所詮は、「能力」は周囲との関係次第。誰となにをどうやるかで「能力」の見え方はコロコロ変わる。能力なんて幻の存在よ、とね。

・ふつう、多数と同じが一番、みたいな価値観は日本社会の根底にあるよね。さらに言うと、「ふつう」が能力論に取り込まれると、「協調性」とか、「フォロワーシップ」とか、それっぽい言葉に変化して正当性を帯びてくる。そう考えると集団主義的で不気味な感じもしてくるな。

・教育社会学で、学校教育を「通過儀礼(イニシエーション)」と表現することがある。「能力」がスルーされる要因の一つとして、学校が社会に出る前の通過点と認識されていることが関係しているってのは、たしかにありそうね。

第5話(求ム、能力屋さん ー 人材開発業界の価値)

・企業規模が大きくなるほど、社員の「能力」の把握や配置、処遇などを外注するケースは確かに多い。社員同士の利害関係が評価に影響を与えているとは思われないようにしたいわけだけど、かといって、自らが行う評価の客観性を証明することは難しい。そこにタイミングよく「その役割、お任せください」と手招きする人が現れたら・・・・・・渡りに船と言わざるをえないよね。

・余談だけど、人材開発コンサルティングをよっている外資系大手は、もともと保険会社から派生していることが多いんだよ。「社員の報酬をうまいこと設定したいんだけど、どうしたらいいんだ?」という要望に、保険会社として保有する年金データを活用して応えたのが報酬専門のコンサルの興り。そこから、「社員一人ひとりの報酬ってなにに基づいて決めるのが納得性が高いんだろう?」などという疑問に「『能力の違い』に着目すればいい」と応える、能力専門のコンサルティング会社が誕生していった。だから、たくさんデータを持っているわけ。

・それから10年以上、「能力は固定的に存在するわけではなく、関係性次第。絶えず社内の関係性を調整しないとダメなんです」なんて言って傍流を歩んできた。これなら顧客を空疎な「能力」で惑わすことはないだろう、と考えながらね。

第6話(爆売れ・リーダーシップ ー 「能力」が売れるカラクリ①)

・仕事ができる人、つまりは「高業績者(ハイパフォーマー)」。その人と同じ行動をとっている度合いを「コンピテンシー」と専門的に呼ぶ。よく耳にする「リーダーシップ」というのは、そのなかでもチームをうまくまとめている人の行動様式のことなんだ。

・誰が「活躍」しているのかを客観的指標で示し、ほかの人にもそのものさしを当てて、コンピテンシーの点数を知ることからはじめる。できる人との差がわかれば、その後の処遇や能力開発に向け、やるべきことがたっくさん浮かび上がってくるよね。そして、やるべきことの数だけ、商品は生まれる。まさにコンピテンシーは、人材の採用・評価・育成(開発)といったさまざまな人事の局面に向けて商品化がなされ、人材開発業界にとっては一大事業に成長した。

・ちなみに、さっき対人関係のコンピテンシーの例に挙げた、「組織認識力」はこの外交官選抜の研究で見出されたことだったんだ。あるコミュニティのキーマンを見抜ける人とそうでない人って、現地任務の質を実は大きく分かちそうでしょう?

第7話(止まらぬ進化と深化 ー 「能力」が売れるカラクリ②)

・「行動」の根っこにある「性格」を調べたうえで、自分が「性格的に」とりそうもない行動を意識的に強化することができれば、自分の「性格」に合った行動を選択して強化することもできる。そうやって、改善策を無数に枝分かれさせられるよね。「みんながみんな同じような『リーダーらしい行動』をとるのではなく、自分に合ったあり方への道のりを、オーダーメイドでおつくりしますよ」なんて言ってさ。

・だからね、二人は知っておいてよ。実践において本当に大事なことが、必ずしも商品の売り文句になっているとは限らないんだ。たいていの企業のマーケティングはあくまで販促術。実践で組織をうまくいかせるコツは、案外泥臭く、足元に転がっていたりするものだよ。「できる人」を捜し求め、「能力」は「性格」次第と惚れるだけ深堀ったって、、埋蔵金は出てきやしない。

第9話(葛藤をなくさない ー 母から子へ)

・医師の診断や専門家の見解など、誰かのはっきりとした「答え」を聞けば葛藤がなくなる、という期待にはくれぐれも自覚的であってほしいってこと。否定はしないよ、欲する気持ちもよくわかる。でも、はっきりすれば解決、と思って盲進すると・・・・・・。

・母さんに限らず、人って所詮弱いのよ。「科学」だ「エビデンス」だと仕事しながらも、自分が窮地に立たされると、簡単に断定の潔さを盲進してしまう。科学であろうとなかろうと、つらければつらいほど、より早く、よりすっぱりと「断言」をもらい、葛藤を終わらせたいと思ってしまうんだ。

・弱さなんだってば。最初のころ通っていた大学病院の話のように、科学を根拠にする医療者は病気の原因や進行、行く末について、そうそう簡単には断言できない。ガン治療でも同じことを感じた。「私、なんでガンになったんでしょうか?」と今さら聞いても仕方ないと重々わかりながらも、やはり患者が最も知りたいことはそこだったりする。「私、いつ死ぬんですか?」ってのも同じ。「科学」でも「スピリチュアル」でも、もはや、なんでもいいから、誰かはっきり教えてくれーって思ってしまうの。愚かなほどに弱いでしょう?

・我々が肝に銘じるべきは、ピンチとはいえ、こうした人の性に自覚的であれ、とも言えるだろう。科学が重用する客観性の裏で、置き去りにされていく「私」という主体。標準治療の客観性に満足できず、その外側にある代替療法を探していくと、ほかの誰でもない「私」を、ひたすら大切にしてくれる治療法が発見される。そんな状況では、窮地に追い込まれた人ほど救いを求めやすくなる。どっちが良いか悪いかではなく、それぞれの引力をわかったうえで、近づくなり、距離を置くなりして、意思決定したい。

・窮地にある個人が「私」に特化した情報が欲しいときに、医療などの科学がエビデンスを両立させながらその願いに応えることは、以下のステップを踏めば、不可能ではなさそうだ。まずは、相手の話をとにかく聞くこと。聞くことこそが、相手にしてみれば欲しくてたまらなかった「私」に関する情報を「教えてもらった」も同然の信頼を紡ぎ出す。そのうえでなら、どこかの誰かの話である客観性、エビデンスについても、安心して聞く耳が持てる、そういうことかもね。

伴走者からの言葉(磯野真穂)

・私たちは物事を進めたり決めたりするときに、その根拠が自分とは関わりのない外側にあると主張することを好みます。権威あるあの人がそう言ったから、慣習だから、エビデンスがあるから、というように。なぜそんなことをするのでしょう。それは安心したいからです。自分で決めていないことにすれば、決めることや発言することで降りかかる不安や怖さを自分ではないなにかに預けることができます。そうやって私たちは、わからない未来の重さを軽くしたいのです。

・この点に関して「能力」はトリッキーです。なぜならそれはそれぞれの外側ではなく、内側に眠っているとされるから。ところが面白いことに、それぞれがどんな能力を持っているかは、測定したり、専門家の手にかかったりしてはじめて明らかになるとされるのです。結果、個々人の内側にあるはずの能力は、外側に引きずり出され、権威ある言葉や慣習、科学的根拠と同じ役割を果たします。

おわりに

・一見喜ぶべきことのようだが、目を凝らされたい。たとえば、「『能力』が高い=『役に立つ』より、これからは『意味がある』の時代だ」などという意見。お気づきのとおり、「能力」を否定しても、異なるものさしを出してくる限り、同じことなのだ。「これには意味があるんだろうか?」「あれには意味がないからダメだ」と嗅ぎまわる人々 ー 分断の軸が見えにくくなった分、より疑心暗鬼な姿は、美しさにはほど遠い。

コメント

「『家柄で決めます』とか、『ルックスで決めます』とか言うと、『それは差別』と簡単に火の手が上がる。『あなたの能力次第で収入が決まります』と言われれば、なんだか納得してしまう」

上の表現がまさにピッタリくるものであって、「能力」に基づいた選別や差別については多くの人が異論を唱えず、妙に納得してしまう現状がある。

しかし、本書でも述べられるとおり「『能力』に基づく社会的地位や社会資源の分配、職歴や収入といったものは、公平な社会の仕組みの産物のようでいて、実際は『生まれ』による影響が強いことがすでに明らか」となっており、「能力」自体も家柄やルックスと変わらないともいえる。

そうであれば「能力」で差を設けること自体も差別であると糾弾されるべき対象となり得るはず。

だが、実際はそこまで至っていない。これは本書でも指摘されるように「能力」自体の定義付けが曖昧模糊としており、時代の流れやその時々の情況で色々な意味を持たせられてしまうことが原因のように思う。

また実際に学校や仕事などをオペレーションしていくうえで現状の枠組みでの「能力」を基準として制度設計がなされていることも、「能力」問題にメスが入らない理由のようにも感じる。

「能力は固定的に存在するわけではなく、関係性次第。絶えず社内の関係性を調整しないとダメ」という指摘は、「能力」をどう定義するかにもよるが、「能力」自体が相対的なもので、外部の影響や環境に大きな影響を受けるという前提に立てば、もっともなものとなる。

最近はタレントマネジメントシステムを使って、あらゆる人々の適材適所、また適所適材を目指すしているという動向も先日読んだ『人事ガチャの秘密』にも書いてあったが、もし具体的にあらゆるポジションに求められる「能力」が定量化されてきた場合、そういった関係性自体まで読み込んで数値に落とし込むことはできるのだろうか。

本書のなかでは言動パターンの分析で、新しく配属された人が元々在籍していた人たちとは違う言動パターンを有しているから軋轢が生じていたという事例が紹介されていたので、こういった分析に基づいた解決ができることを考えると、今後タレントマネジメントシステムなどが進展して、より詳細に各部署や各課ごとの分析を行えば、人事上のミスマッチも起こりにくくなっていくのかもしれない。

それにしても自分自身が「能力」が高く、世間的なステータスも得ていながら、現状の世の中のシステムや風潮に異議を唱える著者の姿が何よりも格好いい。しかも子育てもして、ガンの闘病をしながら。

この姿勢や生き方が言説の説得性や妙な納得感につながっているように思う。

本当はロジカルでないけど「あいつが言っているから」というのがないと結局は何も動かないというのも事実。

学校や職場問わずあらゆる場面でこの事実が出てくること考えれば、自分もそういった行為態度で日頃過ごせているかを点検しなければならない、と感じてしまった。

それくらい意志や熱意を感じる書籍であった。

一言学び

能力は固定的に存在するわけではなく、関係性次第

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「能力」の生きづらさをほぐす [ 勅使川原 真衣 ]
価格:2200円(税込、送料無料) (2023/3/1時点)


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