読書レビュー:『教養としてのダンテ「神曲」<地獄篇>』(佐藤優)

読書

読みたいと思ったきっかけ

佐藤優氏の著作なので著者買いに近い。

確かにページ数が多めではあるけれど、新書で1,500円はもはや新書の値段ではないと思う。

ここ数年で徐々に書籍の値段も上がってきている気がする。


内容

目次

目次は以下のとおりとなっている。

はじめに    
序章
  『神曲』とは何か
  『神曲』の読み方と効果
本篇
  地獄の底への道のり
  第一歌〜第三四歌

内容

わたしの気になった箇所について記載する。

序章

・当時の書物を本当に理解しようと思えば、絶対的に音読が必要になります。本を見るとというモダンな私たちの発想、つまり黙読をしている限りにおいては、近代の枠から抜け出すことができません。音読をすることで、これ変だな、引っかかりがあるなというように、読めない箇所が見つかる。その部分に注意することによって、私たちは普段の読書の限界を知ることができます。

・実は、私たち日本人のほとんどは因果律をベースに思考している。どうしてかというと、バラモン教に起源を持つ仏教が、すべてを因果律で考えているからです。仏教ではその因果律のことを「因果応報」といいます。

・つまり、因果律で考える行動心理学的なアプローチだと、諦めて受け入れなければならないという側面と、今を変えることで未来を変えられるという希望の原理が、同じ人の中でこの瞬間に併存しています。この考え方は、仏教的な素地のある日本人の感覚に比較的マッチするはずです。こういう考え方は、ヨーロッパ人にはなかなか理解できません。

・この種の古典は、多少意味がとれないところがあったとしても、まずは通しで読みきってしまうことが重要です。あらすじを追うように要旨だけ読んでいると、意外なところを読み落としてしまう。べたーっと読みきってしまえば、「あれ、こういうところがあったのか」といろいろな気づきが得られます。

本篇

・キリスト教は、ペトロを重視するとカトリックになる、ヨハネを重視すると正教になる、パウロを重視するとプロテスタントになる。

・イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の世界には、共通してバベルの塔の物語が浸透しています。あのツインタワーが崩れる映像は、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の文化圏ではバベルの塔の崩壊に見えるんです。神に挑もうとしているアメリカ文明が崩壊していくイメージにも見えることから、あの画像を映さなくなりました。ワールドトレードセンターを狙ったのは、そうした宗教的な表象を内包させようとする思惑があったからです。

・キリスト教では、人は死んだら肉体と魂の療法が完全に滅びてゼロになると考える。ゼロになった肉体と魂は、キリストが再臨するときに両方とも蘇り、一人ひとりが審判にかけられて裁かれ、永遠の命を得るか、永遠に消滅させられるかが決まります。これがオーソドックスな考え方です。ネオプラトニズムをシンプルに言うと、肉体だけが滅びて魂は永遠に生きているという発想です。プラトンのイデア論を継承したもので、グノーシスとも言われます。この「霊肉二元論」の考え方は、中世までかなり強く人類の思想に残っていました。キリスト教はそれを潰していこうとしたものの、なかなか潰れなかったのです。

・原罪観の考え方からすると、悪を行う人間の集団である国家も会社も必ず悪を行う。悪を行うことを念頭に置くと、モラルだけでは規制できないから悪の力によって規制するしかありません。非常にシニカルな発想になり、そこから「力の均衡」という考え方が出てくるわけです。

・『太平記』は南北朝の動乱期に日本人が何を考えていたかがわかるし、今読んでも多くの人にとって諒解可能です。でも、『源氏物語』のように恋愛にすべてをかける世界観や、『平家物語』の諸行無常のような感覚になると、現代に生きる私たちの誰にでもわかるわけではない。その点『太平記』は現代のビジネスの現場に置き換えて、簡単に読み解きができます。

・中世では、「鳥=セックス大好き」というイメージでした。おそらく、鳥は春が来ると交尾を繰り返すからでしょう。鳥が出てきたら、淫欲に身をまかせるということです。…タイムマシンで中世の人が現代に来て、誰かの家にセキセイインコが飼われているのを見たら、「なんという恐ろしいひとなんだ。よほどセックスが好きなんだな」と思うに違いありません。こういう動物が象徴する意味は重要です。

・性欲、淫蕩に関しては、現在でもあまりほめられたことではないし、秘め事になっている部分は多いです。ところが、うまいものを食べることは奨励されるという価値観になっています。…宗教改革期の絵画を見ると、ルターがぶくぶくに太っているのにはそういう意図があります。

・国譲りの神話というものがあります。もともとスサノオ・オオクニヌシの系統がこの国を支配していたのだけど、それをアマテラスオオミカミに譲ったんだとする国譲りの神話は、おそらく先住民がいて、その後統治者になった人たちがいることの表れでしょう。その人たちの間で、激しい戦争という形ではなく棲み分けが起きた。だから10月の神無月になると神様はみんな出雲に集まり、1年に1ヵ月だけ出雲が中心になる。やはり出雲論というのは非常に重要になるわけです。

・では、なぜプロテスタント教会や今の日本の仏教では妻帯でき、子どもをつくれるのでしょうか。権力が少なくなり、金がないからです。財産や権力がなければ、継承することに特段の魅力を感じません。だから制度的に阻止する必要がなくなるのです。

・ビーガニズムは、これから世界の普遍的な現象になってくるでしょう。今、ヨーロッパでは人口の5%くらいがビーガンだろうと言われています。…ビーガンの割合が10%を超えると、これはかなり大きなマーケットになるわけです。ヨーロッパは、今その前夜です。

・今、ヨーロッパとアメリカの価値観は急速に離れつつあります。もともとのヨーロッパは、アメリカのように自由でもなければ、それほど民主的でもない。階層性の強い社会で、制約や掟がいまだに多く残っています。だから、世界を知るにはアメリカだけでなくヨーロッパもよく見ておかなければなりません。

・人間というのは、まったく新しいことをそう簡単には考え出せません。新しい発想が出てくるときには、必ず何かその思考の鋳型があります。今、世界の最先端であるデータ至上主義の思考の鋳型は東方教会的なんです。

・こうしたイスラム教の発想については、実は今世紀のはじめまではキリスト教でも共有されていました。欧米圏で火葬が行われるのは20世紀に入ってからです。疫病が流行り、遺体を処理するには火葬のほうが安心だということになったのですが、実際にはまだ抵抗感があります。火には重い刑罰というイメージが残っているのです。

・金は権力を示すものでもあるということに、私たちは気をつけなければならない。もう一つ怖いのは、金は死なないということです。市場のプロセスの中に金は残り続ける。キリスト教は基本的に死なないものを嫌います。死なないというのは、神に挑むことだからです。つくられたものはすべて消えなければいけないのに、金は消えないからゾンビに近い感覚があります。だから中世では、貨幣というものを非常に嫌がったんです。

・ヨーロッパではどうだったのか。アダムとイヴの息子であるカインは、嫉妬から弟のアベルを殺してしまった。罪を犯した者が茨(月)をかぶっているわけだから、中世ヨーロッパでは、月はあまり良くないイメージだったんです。

・日本もそこそこ経済的に反映してきましたが、汚職がそれほど起きないのは、公務員の給料が高いからです。それに対して、公務員が許認可権を持っているものの名誉職で給与が安い国では、自力で稼がなければ生活できません。だから賄賂が横行します。

・ダンテが汚職にこれほどこだわって書いていること、そして自分は一切関与していないと記述していること、実はこれらが『神曲』を読み解く一つのカギなのかもしれません。私たちの日常でも、人があることを極端に避難するとき、実際はその人が大きく関与しているケースが多々あります。

・中世においても聖書の時代においても、7が完全数だからです。…そして最も不完全な数字が6。完全数の7に一つ欠けているものが、最も不完全であるという考え方です。…欧米の古典に7や6という数字が出てきたら、特別の意味があるのではないかと注意しながら読んでください。

・仕事において結果と過程ではどちらが重要かといえば、もちろん結果です。ところが、この話は今の10代から20代には通じません。教育社会学者たちの論文によると、実は最近になってゆとり教育の最大の弊害が表れているそうです。跳び箱を例に挙げるなら、本来は跳べるかどうかが問題なわけでしょう。でも、ゆとり教育世代にとっては跳び箱に挑むこと自体が重要です。…私も大学で教えていてこのことを感じます。ロシア語の授業で一生懸命ノートに書いてくるのですが、かなりの人がロシア語のアルファベットを覚えていない。なぜこういうおかしな勉強のしかたをするのか謎でしたが、できないのも個性だと認められてきたからなのでしょう。これはきわめて良くない傾向です。

・グローバルについてさらに言えば、これからは二つのグローバル人材が出てくると考えられます。一つはGAFAなど世界的グローバル企業で活躍する、人口比率で0.01%くらいの人たち。もう一つは、日本のローカルで食べていくことができず、出稼ぎ労働者として外国へ渡る人たち。ローカルの経済が崩壊したとき、新しいタイプのグローバル人材が出てくる可能性があります。今、二つのグローバル化が同時に進んでいると言えます。これまでの日本ではグローバル志向のほうが上、ローカル志向は下、と単純に考えられてきましたが、グローバルとローカルの抜本的な価値の転換が近くあるかもしれません。

・イタリア人はコロナ禍の状況において、ダンテの『神曲』をモデルに状況を認識していたと思います。イタリアでは小学校から何度も何度も『神曲』を読まされて通読しているので、そのエッセンスが心の底に刷り込まれています。だから、イタリア人は本当に地獄が現れたという感覚を抱いたのではないかと想像できます。

・貨幣には必ず国家機能が入っています。その貨幣を民間で勝手につくってしまうのは、その国家が貨幣を通じて人々を統治していることに対する挑戦になるから、贋金造りというのはどの国もすごく重い罪になるわけです。

・地の底は、悪魔のルシファーが支配する世界です。悪魔は悪の象徴ですが、いつも悪いことをしているのでしょうか。常に悪いことをしているなら、裏返して考えると、偶然に間違えて善いことをしてしまうのを避けなければなりません。そのために、悪魔は善いことを全部知っているということになります。これは中世のスコラ哲学の重要な命題です。

・私たちが『神曲』を読むときも、自分自身が気づいていないこと、無意識に抑圧していること、そうした自分の内面の世界と対話していくことがとても重要です。

コメント

こういった古典と呼ばれる作品は、自分ひとりでいきなり書籍と向き合っても意味がわからなくて挫折するのが、よくあるパターン。

そういう挫折を回避するためにも解説が付されている書籍は有り難い。少なくはあるが原文も併記されてもいるので、オリジナルの雰囲気も味わうことができる。

こういった古典作品をきっかけにして、現代の社会、政治の問題と結びつけることができることに毎度のことながら感心してしまう。

ヨーロッパのキリスト教圏において共有される文化、生命観、倫理観などを学ぶことができる。

この本を読むまで、鳥が淫欲の象徴などとはまったく知らなかったし、月があまり良いイメージでないのも知らなかった。

月に関しては月見バーガーなどが秋の名物となっている日本とはだいぶ感覚が違うのかもしれないが、最近話題のアルテミス計画はどういう解釈になるのか気になるところ。

本書のなかで直接的に『神曲』とは関係しないが、グローバル人材の二極化というのは気になった。

今まではグローバル人材といえば、外資系の会社でバリバリに働くエリートのイメージだったが、それに加えて「出稼ぎ労働者として外国へ渡る人」が生じてくるというもの。

後者のグローバル人材は、いわば仕方なく出稼ぎに行かなければならないわけで、エリートとはかけ離れており、今まで出稼ぎ労働者をどちらかといえば受け入れる側だった日本が、ついに送る側になるのかとと思うと何となく隔世の感がある。

もちろん今後、佐藤優氏の言う通りになるかはわからないが、実際に海外に出稼ぎに出ている若い人も出てきているらしい。

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『神曲』の内容や背景はもちろん、それに付随して上記のような現代社会の問題点なども多く提起されているので、一度で二度美味しいともいえる。

一言学び

人間というのは、まったく新しいことをそう簡単には考え出せません。新しい発想が出てくるときには、必ず何かその思考の鋳型がある。


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