読書レビュー:『世界の〝巨匠〟の失敗に学べ!-組織で生き延びる45の秘策』(池上彰/佐藤優)

読書

読みたいと思ったきっかけ

出張のときに駅の本屋で見かけて購入。ずっと読もうと思っていたのでようやく買えた。

池上彰氏と佐藤優氏の著作は面白いので、ほとんど購入することにしている。

内容

目次

目次は以下のとおりとなっている。

はじめに 池上彰
第一章 乃木希典 上司が精神論を振りかざしたらどうするか
第二章 田中角栄 派閥抗争の中で生き延びる作法
第三章 ドナルド・トランプ 部下が使えないと思ったら
第四章 山本七平 会議で本当の意見を言う方法
第五章 李登輝 突然、吸収合併された組織で生き延びるには
第六章 オードリー・タン 世代間ギャップに負けない秘策
第七章 アウンサンスーチー 苦しいから逃げたいとき
第八章 ドストエフスキー 逆境から抜けだす秘策
あとがき   佐藤優

ちなみに、タイトルにある45という数字は、各章末にその章のまとめが箇条書き形式で記載されており、それがトータルで合わせると45個になっているため45になっている(はず)。

内容

わたしの気になった箇所について記載する。

第一章

・はたから見れば合理性のかけらもないことが、どうしてもやめられない。それはなぜなのか?そういうことを解明するうえで、乃木希典の行動様式を勉強することには、大きな意味があるのではないでしょうか。(佐藤)

・日露戦争に敗れた日本が舞台の、佐々木譲さんの『抵抗都市』『偽装同盟』という仮想小説があります。警察小説ですが、完全にロシアの従属国になっている日本の姿が、リアルに描かれているんですよ。戦いを始めたのはいいけれど、戦前の予想を覆して勝利していなければ、実際にそうなっていたかもしれません。(佐藤)

・日露戦争は、太平洋戦争同様、「無謀な戦い」だったのが明らかです。勝ったから、そういう想像力が働きにくくなっているのですが。(池上)

・私は、漱石が『こころ』に書かなければ、乃木の殉死は、二十一世紀の今日まで残る話にはならなかったのではないかと思うのです。…半藤一利さんが『日本のいちばん長い日』を書かなかったら、日本の降伏の直前、それを阻止しようとしてクーデター未遂事件を起こした決起将校たちの話は、恐らく忘れ去られていたのと同じように。ノンフィクションでも小説でも、そういう記憶装置として読み継がれていくものには、いろんな意味で価値があるわけです。(佐藤)

・佐藤さんは、乃木希典からくみ取るべき教訓は、リーダーシップ論、組織論だとおっしゃいました。つまり、今を生きる我々は、旅順要塞と対峙した乃木大将を克服してはいない。乃木希典や、彼に限定合理性のルールを強いた組織、社会を笑うことはできない現実があるんだ、ということですね。(池上)

・私企業どころか、国レベルの制度自体が限定合理性の罠にずっぽりはまっている例もあります。日本では、高校の段階で理系と文系を峻別します。欧米はもとより、中国も韓国もこんな極端なことはやっていません。にもかかわらず、大学受験の実績を上げるために、私立の中高一貫校のみならず公立の有名進学校でも、より早い段階で進路を選択させる傾向が、近年さらに強まっているのです。(佐藤)

・これは、今回の池上さんとの対談すべてを貫くテーマだと思うのですが、こうやって「偉人」たちから教訓を得ようとするときに重要なのは、話を「エピソード主義」に還元しない、ということだと思います。…キーワードは「普遍化」です。それができるかどうかが大事で、普遍性を持たない「エピソード集」は、教材にはなりません。誤解を恐れずに言えば、例えば松下幸之助も盛田昭夫も本田宗一郎も、その経営術を語ったものには、普遍性が認められないのです。俺が若い頃には、助けた亀の背中に乗って竜宮城に行ったもんだ、というような「自分話」のオンパレードで。(佐藤)

・とにかく自分が今巻き込まれているのは限定合理性の渦で、客観的に見たら決して合理的な行動ではないんだ、ということをしっかり自覚するのが重要です。そのうえで、被害を最小限に止めることを考えるべきでしょう。(池上)

第二章

・ロッキードで捕まった時にも、友だとして助けてくれる人がいなかったでしょう。「鉄の結束」とはいっても、そこにあるのは利害関係です。ですから、今までのボスが弱ったとみるや、雪崩を打ってみんな新しいボスの下に去っていく。(佐藤)

・会社で仕事を頼まれたら、必ず相手の期待値を超えた成果物を返すようにする。あるいは、毎回、期限や納期の前に仕上げてさっさと渡してしまう。そうすれば、嫌な上司に絡まれることも少ないでしょう。上が信頼できる人物である、あるいはいい関係を保つのが自分の利益になると考えられる場合には、ある程度分かる形で忠誠心を示すようにすべきでしょう。これは、「角栄サイド」から考えてみれば分かることで、上司は無能すぎる部下にも困るけれど、有能で忠誠心のかけらもない下が、最も嫌なのです。(佐藤)

・真の友人というのは、利害関係のない人たちということですね。(池上)そうです。残念なことに、社会に出てからの人間関係は、どうしても利害が絡んできます。重要なのは、学生時代に築いた無垢の関係です。(佐藤)

第三章

・ところで、『炎と怒り』がアメリカで出版されたのは、トランプ在任中の18年1月です。大統領就任から1年半の取材をベースにしたということですが、政権の内幕にあそこまで肉薄したノンフィクションを、そんなに短時間で仕上げるのは、並大抵のことではありません。アメリカジャーナリズムの力量というものを、あらためて痛感させられるとともに、情報を漏らす人間が内部にいくらでもいることを示しています。(佐藤)

・自分に隠れて悪口を言う人間がいるという話を耳にして、気分を害さない人はいないと思いますが、問題はそれだけではありません。組織の中において、本当に機微に触れる話とか、保秘とかは、往々にして悪口を通じて漏洩するのです。(佐藤)

・言いたいことがあれば、面と向かって言う。悪口は言えなようにするのも重要ですが、自分で言わないのはもっと大事です。

・経営者や上司の立場の人が汲むべき教訓としては、多少下が目立ち過ぎたり、逆に能力が足りていなかったりしても、許容範囲までは信頼して任せる度量が必要だ、ということです。「どいつもこいつも信用できない」というようなトランプ的精神状態になっていたら、黄信号が点っていると考えるべきでしょう。(佐藤)そういう時には、一度自分の方に問題はないのか、冷静に見つめた方がいいですね。そうでないと、組織自体が危機に陥るかもしれません。(池上)

第四章

・「やる」となったら、開催に都合のいい情報しか目に入らなくなる。逆に反対派に見えているのは、感染リスクだけ。相手に抗弁するために、そうやってお互いが選択的な情報収集をすればするほど、「自分の方こそ正しい」ということになって、対話の可能性はどんどん狭まっていったわけです。空気に流された結果、「嵐」のようになってしまった。(佐藤)

・その(=何か自分が信頼できる理論、信念のようなものを身に付ける)ためには、本を読むことです。自分の仕事とは無関係の分野であっても、興味を持ったら集中的に読んでみる。そうやって、「もう一人の自分」をつくる感覚です。(佐藤)そうすると、自分のいる場所を、別の立場から見ることができるようになりますよね。常に自分を俯瞰して見ながら、進むべき方向を探していけるはずです。あるいは間違ったことをしていないか、自分に向けてアラートを発することも可能になるでしょう。(池上)

・裏を返すと、どんなに有意義なことを言ったり書いたりしても、相手に響かなかったら意味がないのです。例えば、自社製品を売り込もうという時に、その製品のメリットを語り尽くすだけではなく、相手がどういうふうに受け取るのかを意識しながら話す。(佐藤)

第五章

・こういう統治の違いには、距離も関係していると思います。沖縄や北海道のような「近場」は、離反を防ぐ同化主義に基づく政策を徹底する。一方、台湾や朝鮮に高等教育機関をつくったというのは、同化ではなく帝国としての多民族政策にほかなりません。ここも誤解があるのですが、小熊英二氏の『単一民族神話の起源』にあるように、戦前の大日本帝国は、台湾や朝鮮の人たちを「外地臣民」として包含する多民族国家を自認していました。(佐藤)

・安定したサラリーマン生活を送れるはずだったのに、当てが外れてしまった。それだけでなく、新しく送り込まれてきた上司が、何かにつけて”上から目線”で理不尽なことを言うので、ストレスは溜まる一方。そんな状況であっても、乃木希典のところでも言ったように、いきなり上司と喧嘩したりしないことが大事です。「正論」を吐いてみんなに拍手喝采されるのは、ドラマの中の話なのだから。(佐藤)

・混乱期には特に、上司や同僚の言動が、李登輝の「親日」のごとく政治性を帯びることに要注意です。例えばですが、「これはあくまで一般論なんだけどさ」などという上のの人間の言葉をその通り軽く受け流していると、後で「しまった」ということになるかもしれません。上司に「これは一般論だけれど」といわれて本当に一般論だったことなど、ただの一度も経験がありません。(笑)(佐藤)

・究極の目標は「自分が生き延びること」です。たとえ元いた会社が影も形もなくなってしまっても、自分だけは生き延びる。その中で、できるだけ出世する。そう割り切ったうえで、表現は悪いのですが、現実的に立ち回ることを考えるべきです。(佐藤)

第六章

・日本の中で社会の軋轢を感じて暮らすより、偏見のない世界でパートナーと生きる方がいい、と。立派だったのは、その人のお父さんが、「自分には理解出来ないが、理解できないことが自分の限界なのだろう」と言って、子供の選択を認めていたことです。(佐藤)

・戦場に行きたくない軍隊というのは、もはや組織としての目的を失っています。(池上)そうです。組織の存続だけが目的になっている組織での、無意味な暴力の応酬なのです。「たこ部屋」を放置していれば、日本のそこここが、そういう「真空地帯」化していくような気がします。(佐藤)

・オードリー・タン氏に関しては、親が立派だったという話をしました。子育て世代の親が、そこから学ぶべきことは非常に多いと思うんですよ。タン氏のような成功例もあれば、一方でこれまでどれだけ多くの子どもたちが、親の偏見によってその潜在能力を開花させられずにきたことか。(池上)

・大きな話をすれば、政治の仕組みも軍隊も学校も会社組織も、ある時代に要請されたシステムのパッケージとして生まれたもので、日本ではそれがもう明らかに限界にきているのです。そのことを認識するのが、すごく大事になるのではないでしょうか。(佐藤)問題は子どもではなく、学校という組織の側に存在する場合もある。(池上)

第七章

・やっぱり、逃げない人間が最後には勝つのです。ソ連で、水爆開発に関わりながら後に人権擁護運動を展開し、アフガニスタン侵攻に抗議して流刑になったアンドレイ・サハロフ博士が、なぜあんなに尊敬されているかといえば、やっぱり逃げなかったから。そこが、アレクサンドル・ソルジェニーツィンとの違いなのです。(佐藤)

・これも日本人にはあまり知られていませんが、ミャンマーには、政府が認定しているだけで130を超える民族が暮らしているんですね。超のつく多民族国家で、ロヒンギャ以外にも民族紛争が絶えない、という実態があります。(佐藤)

・それは、実の親に限った話ではないかもしれません。例えば、社内で有力な役員から覚えめでたい場合などには、そういうことを意識しながら行動することで、仕事がうまく回ることもあるでしょう。(池上)

・「スーチーさんは国と結婚した」という言い方をしましたが、日々の仕事や家庭生活においても、自分を中心に「同心円」を描いてみたらいいのではないでしょうか。自分にとっていいことは、会社や家庭にとってもいいこと、ひいては社会にとってもいいことなのだ、と。それを常に確認しながら行動すれば、大きな間違いは起きないと思うのです。(佐藤)

第八章

・家族が壊れて、仕事もうまくいかない。人生、何回もない逆境に立たされた時、どうやって乗り越えますか――という質問です。(池上)最初に言っておきます。そういう逆境、苦境を乗り越えるための特効薬はありません。ですが、漢方のように効くものはあります。ドストエフスキーです。(佐藤)

・ただ、政治家が、大衆社会ではみんなが無責任になりやすいから、社会全体を食べさせていくために自由を規制するのは間違っていないのだ、という誘惑に駆られがちなことは、理解しておく必要があるでしょう。特に代議制民主主義の国では。(佐藤)この間のコロナ禍で、政治家の側は、ますますそういう認識を強めたのかもしれません。(池上)

・付け加えておくと、ロシアと日本は、ドストエフスキーの読まれ方が似通っているのです。作品に人間の生き方とか、不条理さのようなものを投影させて読むでしょう。これは、実は珍しくて、ヨーロッパでは基本的に探偵小説なのです。…ヨーロッパでは、正しく大衆小説として読まれている、と言えばいいでしょうか。ロシアでは、大衆小説ではあるのだけれど、それを構成している重層的なポリフォニーを読み解こうとする傾向が強いのです。(佐藤)

・仕事や生活の上で、「どう考えても無理」なピンチに陥った時にも、パニックにならず冷静に状況を整理して、できることをやってみることの大事さを、ドストエフスキーは身をもって示しました。(池上)

あとがき

・人間は群れを作る動物だ。多くの人が会社、役所などの組織のなかで仕事をしている。しかし、組織の中で生きていくのは、なかなか厄介だ。第一に人間関係が面倒だ。次に組織には、明文化された就業規則とは別の掟が存在する。この掟から外れると、いくら仕事がよくできても組織の中では居心地が悪くなる。

・私の人生で日本共産党の国会議員で個人的に親しかったのは吉岡(=吉岡吉典)氏だけである。吉岡氏があるときこんなことを私に述べた。「あなたも役人だから感じると思うけど、組織は窮屈だろう。うち(日本共産党)もだいぶ窮屈な組織だ。ただし、組織を離れてはいけないと思う。組織は人の力を引き上げることができるからだ」。私は吉岡氏の言葉に全面的に賛成する。群れを作る動物である人間は、組織によって力をつけていくという要素がある。

コメント

最初買ったときは池上彰氏と佐藤優氏の経験談などから組織での処世術を抽出して構成されているのかと思ったのだが、中身は歴史上の人物や政治家など「偉人」をベースにして、そこから処世術や教訓を学び取っていくというスタイルになっている。

それぞれの章でタイトルも決まっており、自分の関心のあるところから読むことができる構成になっているので、本を読むのが苦手な人でも読みやすく感じると思う。

肝心の中身としても、その人物の歴史から引き出された教訓自体も大いに参考になるが、どうやって具体的な事例から抽象化するか、その抽象する術も学ぶことができる。

細谷功氏の『「具体⇔抽象」トレーニング』ではないが、抽象的なことを具体に落とし込める技術同様に、具体的な出来事から抽象化して普遍的なルールや法則などを導くことも重要なスキルになってくる。

そういった抽象化の事例としても本書を活用することができる。

今回の書籍は組織で生き延びるというテーマが決まっていることもあり、わたしが一番刺さったのは「人間が群れを作る動物である」ということと、「組織が人の力を引き上げることができる」という2点。

前者については当たり前すぎて普段意識することがないが、すべての喜怒哀楽の出発点は群れを作る動物であるという前提に起因しているように思う。

その意味でいうと、何か起きた時にはこの大前提に返って考えてみることも有用であるように感じる。

また「組織が人の力を引き上げることができる」という点については、組織そのものの光の部分にフォーカスしていることで希望を持てる。

組織というと、もはやその言葉自体にネガティブな印象がくっついてしまっているが、そういうマイナス側面以外にプラスの側面もあるということを頭に入れておくことで、組織に対して別の角度で考えられるはず。

その他にも「上司の言う一般論は一般論でない」「近代的なパッケージが時代にそぐわなくなっていきている」など気付きや学びになることが多くあった。

対談本であることからも読みやすいので、組織に属する方には是非読んでみてください。

一言学び

人間は群れを作る動物だ。


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