受験シーズンの到来(毎年思い出す苦い記憶)

テスト・検定試験

職場の近くに有名な私立大学があることもあって、この時期は通勤時に受験生と思われる一行を目にする。

さすがに大学受験となると親が連れ添っているケースはそこまで多く目にしないが、たまにお母さんと一緒の人も見たりする。

独特の緊張感を醸し出しながら、大学構内に入っていく姿を見ると、誰彼関係なく応援したくなる。

そういう光景を目にすると、必ず自分の受験時代のことが思い出される。

わたしの場合は特に2浪したうえ、大学受験の9割以上を失敗してきているので、思い出される大学受験の記憶は良いものではないのだけれど。。。

「あの大学を受けたときは緊張したな」「あそこの大学を受験したときの記憶はまったくないな」「手応えあったのに合格できなかったな」などなど、受験に関する記憶はたいてい暗いものが多い。

しかしながら、なかでも1番思うのが、

「2浪したうえでもどこの大学にも受かっていなかったとしたら、一体どういった道を歩むことになったのか」

というものだ。

3浪目に突入していたのか、はたまたどこか働き口を見つけて糊口をしのぐようになっていたのか。また、3浪したとして、その後の就職活動はどうなっていたのか。

2浪目で合格できたことが実力でなく、運が良かった側面が大きいため、より一層そういったことを考えてしまう。

結局合格できて今に至るからこそ、こういったifの話を考えてしまうのだと思うので、そういった意味では贅沢な妄想なのかもしれない。

たかが受験と言われるし、どの大学を出たかの重要性が低くなったと言われる昨今ですら、まだまだその意義は大きいと感じる。(私大文系で2浪していいのか、という点は正直自分でも否定的ではあるけれど。。。)

それは自分がそこそこの大学に入学したことで得られた恩恵があるから、そう感じているだけなので、完全に主観的な思い出はあるけれど。

通勤途中に受験生に出くわし、そんなような色々な思いが一通り頭を巡って、ふと我に返る。

そして受験生に対して頑張れという思いを抱きながら会社に向かう。これが自分にとっての2月の風物詩?になっている。

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