読書レビュー:『無理ゲー社会』(橘玲)

読書

読みたいと思ったきっかけ

つい最近に橘玲氏の『スピリチュアルズ』を読んだ。

それをきっかけに橘玲氏の他の著作も読みたいと思っていたところに新刊として出ていたのがこの本。

内容

目次

目次は以下のとおりとなっている。

PART1 「自分らしく生きる」という呪い
  1 『君の名は。』と特攻
  2 「自分さがし」という新たな世界宗教
PART2 知能格差社会
  3 メリトクラシーのディストピア
  4 遺伝ガチャで人生が決まるのか?
PART3 経済格差と性愛格差
  5 絶望から陰謀が生まれるとき
  6 「神」になった「非モテ」のテロリスト
PART4 ユートピアを探して
  7 「資本主義」は夢を実現するシステム
  8 「よりよい世界」をつくる方法
エピローグ 「評判格差社会」という無理ゲー

未知語

・メリトクラシー:イギリスの社会学者マイケル・ヤングの造語。メリット=知能(Intelligence)+努力(Effort)と定義した

・公正世界信念:世界を「公正であるべき」と考えて、「不公正」を「公正」なものにしようとする考え

・ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI):収入や資産にかかわらず全員一律に毎月定額を支給する最低所得保障制度

・現代貨幣理論(MMT):主権通過を発行する政府は破産し得ないとし、アメリカや日本のような主権通過をもつ国は、インフレになるまで無制限に財政を拡張できると主張する

・メカニカル・デザイン:社会や市場を合理的に「設計」しようとする

・共同保有自己申告税(COST):すべての私有財産に定率の税をかける

内容

『君の名は。』と特攻

・公平(機会平等)と平等(結果平等)は、能力に差がある場合には原理的に両立不可能。人々が理不尽に感じるのは「不平等」ではなく「不公平」。

・世界価値観調査によると貧しい国では伝統的価値と生存価値に重きを置くが、豊かな国では非宗教的・理性的価値と自己表現価値の比重が上がる→「自由の普遍性」に伴うリベラル化の世界的な潮流。

・つながりには①愛情空間、②友情空間、③貨幣空間があるが、現代は①の肥大化と②の縮小、それに伴う③の拡大が起きているが、これはリベラル化によるもの。

・リベラル化が進むと、①世界は複雑になり、②中間共同体が解体され、自己責任が強調されるようになる。

・リベラルの理想を信じる人は社会問題をリベラルな政策で解決しようとするが、じつは「リベラル化」が全ての問題を引き起こしている。

「自分さがし」という新たな世界宗教

・半世紀前までは「自分らしく生きる」価値観は、地位・名声を捨て、全身全霊を賭けるに値するある種の「宗教体験」だった。

・多様性が認められるほどに探すべき「自分」は消失する→「自分さがし」が陳腐化する。

メリトクラシーのディストピア

・メリトクラシーの背景には教育によって学力は向上し、努力によって夢は叶うという信念がある。

・教育は階級社会を解体する威力があるが、代わりに「知能による格差」を拡大する→知能の生得的なちがいを教育が拡大させる。

・メリトクラシーに対する対処としてマイケル・サンデルは、「労働の尊厳」を回復するために賃金労働者への賃金補助や、給与税の減税・撤廃、消費・金融取引への課税を挙げているが、結局「知識人」が「知識社会」を批判できはしない。

遺伝ガチャで人生が決まるのか?

・知識社会では「知能」が最重要だが、問題は知能の分布に大きなばらつきがあること。

・行動遺伝学での3原則:1.ヒトの行動特性はすべて遺伝的である、2.同じ家族で育てられた影響は遺伝子の影響より小さい、3.複雑なヒトの行動特性のばらつきのかなりの部分が遺伝子や家族では説明できない。

絶望から陰謀が生まれるとき

・ヒトの脳はもともと陰謀論的に思考するように「設計」されている→現実を変えられないなら、自分の認知を変えればいい。

「神」になった「非モテ」のテロリスト

・恋愛の本質は「男は競争し、女が選択する」→リベラル化が進み、自立した女性が増えるとますます男性の非モテが増える。

・低所得の男を苦境に追い込んでいるのは「自分らしく生きたい」というリベラル化である→経済格差と性愛格差。

「資本主義」は夢を実現するシステム

・資本主義の「タイムマシン効果」によって、産業革命以降、人類の1人あたり所得は爆発的に増えた→総体としては人類に恩恵を与えてきた。

・安定した社会で経済が成長していけば格差は自然に拡大していく→「平等な世界」をもたらす四騎士は①戦争、②革命、③(統治の)崩壊、④疫病であり、5番目として核戦争、気候変動による砂漠化が考えられる。

・資本主義に対する批判から「道徳的な悲観主義(脱成長)」を唱える人もいるが、資本主義の進展により脱物質化(資源消費量の減少)していること、ヒトに欲望があることを考えれば資本主義からの脱却は難しい。

・日本の若者の不安は高齢者によるもの。しかし、高齢者批判はタブーなため別の犯人が必要になる→格差、貧困、資本主義への批判に。

「よりよい世界」をつくる方法

・UBIやMMT、超富裕税など左派ポピュリズムの理想論がどことなく胡散臭いのは、過去のユートピア思想と共通する”におい”があるから。

・COSTにより、あらゆるモノは「保有する価値」ではなく「使用する価値」だけで判断されるようになり、富の保有にコストがかかることから「所有」から「レンタル」へと変わっていく。

・私的所有権を「シェア」へと誘導するメカニカル・デザインでは、市場原理を徹底することで、自由な社会を維持したまま「共産主義(コミュニズム)」に至る。

「評判格差社会」という無理ゲー

・経済格差の解消はお金を分配すれば達成できるが、評判を分配することは不可能→経済的格差が解消されたとき、男女の性戦略の特徴である「競争」と「選択」がより純化される→モテ/非モテの格差拡大へ。

・脳とインターネットを接続することができるようになれば、一人ひとりの生得的なちがいは関係なくなる→全人類が「ひとつ」になることで、あらゆる格差の解消につながるが、同時に個人の感情はすべてなくなる。(それがハッピーな結末かはわからないが)

コメント

経済的に成功している人々が「こんなに世の中が良くなっているのに、昔に戻りたいと言う人がいるのが信じられない」といった発言することがある。

これは知能が高く、経済的に成功しており、それに伴って性愛的にも成功しているからこそできるコメントだったんだ、と本書を読んで納得がいった。

「昔に戻りたい」という人は総じて現状うまくいっていないからそう言うのであって、昔に戻れば経済格差は今と比較してそこまで広がっておらず、性愛についてもお見合いなど男性側からみる「分配機能」により女性を「獲得」できたのだから。

知識社会ゆえに、知能がなければ経済的に成功できる確率が低くなり、経済的に成功しないと性愛を獲得することも難しくなり、結果として経済・性愛でも持たざる者となる。

そして残酷なことに、いちばん重要な知能については、ほとんど遺伝子によって決まってしまう・・・。

生まれながらに人生が決まってしまっているというこの現実。

本書のなかでは秋葉原通り魔事件のことが記載されている。先日も小田急無差別刺傷事件が起きたが、その犯人も「幸せそうな女性を見ると殺してやりたい」と供述している。

リベラル化に伴い、社会が愛情空間と貨幣空間だけになってくると、それに対応する性愛格差と経済格差でのハンディを負う人はどうしようもなくなる。

フラストレーションが溜まったところで、何かのタイミングでそれが爆発するとルサンチマンを晴らすための事件を起こすことになる。今回の小田急の事件がそうだとは断定できないが、その可能性は高いように見られる。

本書でも触れられているような「メタ知能」によって人類が「ひとつ」になることで解決するのが現実的かどうかともかく、安定化した社会で拡大する経済格差と性愛格差を解消しなければ(それが戦争、革命なのかわからないが)、また同じような事件が起きることは間違いない。

一言学び

リベラル化が進むにつれて格差は更に拡大する。

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