日々の生活

テスト・検定試験

2022年の振り返り(目標は達成できたのか)

昨年は1つも目標を達成できなかったのに比べ、今年は1つは目標をクリアできたので、その意味では多少評価できる。 ただ、TOEIC S&W Testsの目標達成はできなかったし、TOEIC L&R Testに関しては2年連続で目標未達となってしまったのはいただけない。 今年の結果を踏まえたうえで、来年の目標をどうするか。 TOEIC L&R Testについては、ここまで来たら950点を達成できるまで受験し続けたいと思う。 一方で、TOEIC S&W Testsは受験費用もかさむし、受験するにしてももう少し頻度を落としてもいいかもしれない。 いずれにしても2023年の目標について検討しなければ。
日々の生活

子どもへの態度は自分の余裕を測るパラメータ

自分自身が機嫌が良ければ、子どもへの当たりもマイルドになるが、機嫌が悪いとつい子どもにも強く当たってしまう。 頭ではいけないとわかっていても、感情を持っている以上どうしても避けがたいこともある。 逆にいえば、子どもに対して柔らかく当たっていることができているということは、自分自身の機嫌が良かったり、自分に余裕があることの裏返しでもある。 子どもに強く当たってしまうときこそ、自分自身の余裕を持てるように落ち着いていかないといけない。 自分自身の心の余裕を測るパラメータの一つにはなるはず。
日々の生活

年末年始への気負い(時間があるという錯覚)

「出来たら儲けもの」ぐらいのイメージでいれば、少しでも本を読んだり、学習したりするだけでもプラスなのだから、そういった気構えの方が精神衛生上も好ましいように感じる。 今年の年末年始の目標?は気負わないこと。これにしよう。
仕事

酒を飲むこと

酒を飲んで話をする場自体はそこまで嫌いではないのだが、酒を飲んでいる場で酒以外を飲むことが憚れる雰囲気があまり好きではない。 別にお茶やジュースを飲んでもいい気がするのだが、なんとなく酒しか飲んでいけない空気感が漂う。 こうやって酒を飲むことによってのダメージが大きいので、お酒に強い人を見るととても羨ましい。 顔色変えずに飲み、それでいて量もいけるとなると、もはや超人に思えてくる。 アルコールへの耐性は遺伝的な要素が大きいので、努力でどうこうできるものでないのがやるせないところ。 そのうちアルコールに強くなる薬とか開発されるのだろうか・・・。需要があるのかどうかわからないし、そもそも危なさそうだけど・・・。 これから忘年会シーズン。酒を飲む機会に触れるたびに酒に強かったらと思ってしまう。
仕事

夢や目標の抱きかた(goodはgreatの敵)

今現在の自分がGoodであるという自信も確信もないが、曲がりなりにも生活はできている。 そういった状況に浸かっていると、なかなか夢や目標をセットすること自体も難しくなってくるのだろうか。 仮に持てたとしても、それを達成してやるという強い思いや気持ちが働かないのかもしれない。 ただ自分の怠惰を棚上げしている気もするけど・・・。 「夢や目標を持ち、それに向かって行動する」という一連のプロセスは皆がわかっている当たり前のものであるが、この実行は意外と難しい。 かといってGoodと思える状況を手放すかというとそれもまた難儀する。。。 だからこそ、"Good is the enemy of great"というフレーズが意味を持つのだろうけど。
仕事

継続のみ力となる(継続は力なり?)

続けることの難しさは誰もが思うところであり、わたし自身も痛感している。 だからこそ、続けているということ自体で評価されたりもする。 これは続けるということは物理的に時間を要求するため、続けるという行為自体で先行者に追いつくことは、先行者が活動を止めない限り不可能になるためだろう。 ここまで書いてきて言うのもなんだが、継続の重要性は皆わかっているので、問題は如何に継続するかという点に出てくるのは間違いない。 だからこそ継続に関する書籍も多く出版されている。 それでも自分としては、継続の重要性を認識する意味で「継続のみ力となる」というフレーズは今後も忘れることはないと思う。 もっとも、このフレーズによって「継続」自体を継続できるかはわからないけれど・・・。
仕事

英語で検索する(翻訳機があるからこそ検索することが大事)

だが、そもそも英語で検索しないといけないことに変わりはないのは盲点のように思う。 いくら英語で貴重な情報があり、それを見つければ機械翻訳で日本語にして内容理解できるとしても、そもそも英語で検索してその情報にたどり着けなければ機械翻訳を使うこともできない。 その意味でいうと英語自体で検索する能力(能力というほどのものでもないかもしれないが)は意外と重要になってきそう。 英単語のキーワードさえわかって、それで検索すれば問題ないので、そこまで難しい話でもないけれど、意図的に英語で検索する習慣をつけることができれば、機械翻訳の力を借り、より広い情報源に当たることができる。 もっとも、そのうち日本語で検索しても機械翻訳後の英語ページをサーチして検索結果として出てくるようになるのかもしれないけれど・・・。
日々の生活

情報と注意の反比例

自分でいうと読書に関しても、どんどんと新たな書籍を購入していくので、インフォメーションは加速度的に増加しているが、アテンションという自分の資源が一定であることを考慮すると、あまり多くの書籍を購入したところで身につくものは多くないのかもしれない。 昔のように本一冊を暗証するか、書き写すかしないと次に移れない、といった縛りがあったほうが知識は血肉化しやすいのは納得がいくところ。 スマートフォンをいじるのも、ただただ情報量を増大させるだけであることを考えれば、なるべくスマートフォンを触らずに情報をシャットアウトしたほうが好ましいのかもしれない。 デジタル・デトックスが人口に膾炙してきたが、注意力の回復も期待できそう。 ただ、こうなってくると、どの情報を自分の頭に入れ込むか、その情報の選別作業が必要になってくる。この目利き作業をどうするか。。。 ここを他者に委ねると、また他者依存・レビュー依存になりそうではあるが・・・。
日々の生活

友人との関係性(孤独に近づいている気がする)

年を取るにつれて、友人との関係性が変化してくる。 仕事で忙しかったり、結婚して家庭を持ったり、といった理由で親しかった友人と疎遠になっていったりする。 わたし自身でいうと、主に中学時代の友達、高校時代の友達、大学時代の友達、と...
日々の生活

他者のレビューに依存した買い物(自分で考えるのが怖い?)

さらにいえば、レビューをチェックしたうえで比較検討すれば、まだ良いほうで、「誰々がオススメしているから買う」といった段階になると、ほとんど何も考えずに購入しているに近い。 そのレビューしている人自身への「信頼」があるからこそ成り立つわけであるが、このマインドセットになるといよいよ考えを放棄しているように思えてくる。 商品の購入だけでなく、科学技術の働きなどあらゆる場面において、この「信頼」が世の中を成り立たせているので、何もモノを買うときだけの話ではないけれど。 ということで、自分自身の目利きの感覚を磨くうえでも、もう少し自分自身で実物を見たり、調べたりしたうえで買い物するようにしていきたい。 といっても言うは易く行うは難しで、失敗した買い物を避けようとすると、結局は人のレビューを見たくなってしまう。。。この衝動は意外と抑えがたい。 人が薦めるからといった理由から買ったりするわけでなく、よく吟味し、丁寧に買い物する姿勢を貫けるようにしたい。
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