読書レビュー:『危機の読書』(佐藤優)

読書

読みたいと思ったきっかけ

佐藤優氏の著作であるため、著者買いとなる。

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危機の読書 (小学館新書) [ 佐藤 優 ]
価格:1012円(税込、送料無料) (2022/10/27時点)


内容

目次

目次は以下のとおりとなっている。

まえがき    
Lesson 1 天をうやまい、人を愛する
Lesson 2 歴史はそのままの形では繰り返さない
Lesson 3 秘密は死んでも守り通せ
Lesson 4 コロナ禍と国家論
Lesson 5 教養としてのインテリジェンス小説
Lesson 6 マルクスは甦る
特別対談 ウクライナ侵攻を読む 佐藤優×片山杜秀

内容

わたしの気になった箇所について記載する。

まえがき

・山上容疑者は法的手段や言論による解決を最初から視野に入れず、個人的に暴力に訴えることで問題を解決しようとした。日本の民主主義制度が機能していれば、このような自力救済(そこには恨みを晴らすことも含まれる)を目的にした殺人事件は起きないはずだ。

Lesson 1(天をうやまい、人を愛する)

・危機から脱するため人に要求されるのは、モラル(道徳)とモラール(士気)だ。士気が高くても、道徳が欠如している人は、自己愛の罠にとらわれる。

・自分の命を大義に捧げる覚悟をした人は、その大義のために他者の命を奪うことに躊躇しなくなる可能性が高くなることだ。

Lesson 2(歴史はそのままの形では繰り返さない)

・新型コロナウイルスに引き寄せて言うならば、感染者数や死者数などの客観的指標よりも、それをわれわれが主観的にどのように受け止め、行動するかが重要になる。ハーバーマスの言葉を用いれば「危機を、そこに巻き込まれている人間の内面的な観点から切り離すことはできない」ということになる。危機とは、人間の外部で起きる出来事と内面的な受け止めとの総合によってとらえられる概念なのだ。

・ただし、歴史がそのままの形で繰り返すことはない。現象としては異なっているが、構造が類似していることをつかむことを、神学を学ぶ者は若い頃から訓練される。その結果、物事を類比的に見る力がつく。危機の時代においては、類否をとらえられる技法が重要だ。

・このような「不可能の可能性」に挑むことが神学の課題であるとバルトは主張した。第二次世界大戦前ならば、バルトのような主張は非合理主義、もしくは独断論として、神学界で相手にされなかったと思う。しかし、第一次世界大戦後の危機の中で、バルトの言説には「危機の神学」という名称が与えられた。そして危機の神学は、哲学、文学、歴史学などに強い影響を与えた。日本では京都学派の西田幾多郎や田辺元がバルトの影響を受けている。

Lesson 3(秘密は死んでも守り通せ)

・ボリシェヴィキとは、ロシア語で「多数派」の意味だが、ロシア社会民主労働党のレーニン派(共産党の前身)がボリシェヴィキと自称してから、共産党を意味するようになった。

Lesson 4(コロナ禍と国家論)

・ナショナリズムは、政治的な単位と民族的な単位の一致が壊されたという否定的感情から怒りを伴って現れる。感情的な現象だから、純粋に学問的に扱うことが難しいのだ。

・当時のイギリスは帝国だった。大英帝国が植民地に求めたのは宗主国(本国)に対する忠誠心だけで、植民地に人権や民主主義的統治制度を確立する必要を感じなかった。この点が、自らの影響力が及ぶ国に自由と民主主義という原理を定着させようとするアメリカとは根本的に異なる。米英は特殊な同盟関係にあり、言語も共通だが、政治文化はかなり異なる。

・学校でのいじめも、生徒間の人間関係が内務班のようになるところから生じる。職場でも、物理的暴力の行使はないとしても、内務班的な雰囲気が支配している場合が少なからずある。産業社会における基礎教育の場に内務班的文化が適合しているという事実を軽視するべきではない。

・筆者(=佐藤優氏)の場合、民族問題や宗教について、モスクワの日本大使館に勤務している時期にかなり高度の専門知識を身につけることができた。それは、筆者がロシア科学アカデミーの研究所に通ったり、モスクワ国立大学哲学部で神学を教えたりと、自発的にさまざまな活動を行ったからに過ぎない。官僚機構から職人は育ちにくい。

・底辺にいる青色人に対して偏見を抱くのは、それよりも少し上にいる底辺の人々なのである。このようにして底辺の人々が互いにいがみ合っている状況は支配層にとって都合がいい。

・ゲルナーの思考の特徴は、否定神学の手法を用いることだ。否定神学は、ビザンチン(東ローマ帝国)の正教神学で多用された。現在もロシア正教、ルーマニア正教、ギリシア正教などの正教神学者は否定神学を用いる。これに対して、「神は全能である」「神は善である」と積極的に定義していくのが肯定神学だ。カトリック教会やプロテスタント教会などの西方神学で用いられる。否定神学では、「神は悪ではない」「神は被造物ではない」というように否定的な命題を立てて、その残余で神を定義していく。

・人間が群れを作る動物で、定住する傾向を持つが故にパトリオティズム(あるいは国家形成以前の愛郷主義)は常に存在する。識字と計算という高い文化的能力が人々の標準装備となっている産業社会という特殊な時代における愛国主義がナショナリズムになるというのがゲルナーの仮説だ。

Lesson 5(教養としてのインテリジェンス小説)

・インテリジェンス・オフィサーは真実を知ってもそれを報告すると自分の身にどのような災難が降りかかってくるかを常に意識していなくてはならない。

Lesson 6(マルクスは甦る)

・共産党系の講座派と非共産党系の労農派の間で1930年代に展開された日本資本主義論争が重要だ。

・明治維新はブルジョア革命(市民革命)ではなく、その前段階の絶対主義体制の確立だったと見る。対して労農派は、日本は一部に封建的残滓を残しているが、高度に発達した帝国主義国家と見る。明治維新は基本的にブルジョア革命であるという見方になる。

・太平洋戦争後、共産党はアメリカ帝国主義の従属状態から日本を解放する民族独立民主革命を当面の課題に定めた。そして民主革命が完成した後、社会主義革命を行うという二段階革命論を取るようになった。対して、社会党と新左翼は、日本帝国主義は十分に復活し、自立しているので、社会主義革命の一段階革命論を主張した。

・斎藤氏はスターリン主義の最大の問題が生産力至上主義にあると見る。筆者もこの見解に賛成だ。重要なのはスターリン主義が現在も生きていて日本の政治に影響を与えていることだ。

・しかし、このようなシェアリングエコノミーが資本主義システムの主流になることはない。なぜなら資本主義というシステムの文法が、労働力を商品化し、利潤の極大化を追求していくことだからだ。資本の価値増殖に貢献しないシェアリングエコノミーは、資本主義の文法に反するので、経済活動のごく一部の領域を占めることしかできないのである。

特別対談(佐藤優×片山杜秀)

・我々は高度な教育を受け、たくさんの情報を持っている。ところが、そのすべてを精査し、検証するとクタクタに疲れてしまう。それを避けようと理解できないことがあれば、誰かが説得して自分を納得させてくれるはずだと考えるようになる。ハーバーマスは、そうした「順応の気構え」は教育水準が上がり、情報量が増えると出てくると指摘しています。(佐藤)

・そもそも政治目的がないならテロにならない。民主主義への脅威という話にストレートにつながるのが理解できません。(佐藤)

・そもそものウクライナ史も、ロシア史とはパラダイムがまったく違う。日中韓の歴史観の対立がしばしば話題になりますが、ロシアとウクライナの歴史観の違いはそれ以上です。ウクライナ側の大本営発表だけを報じ続ければ、どうしても現実と乖離してしまう。(片山)

・駐ウクライナ日本大使を経験した人でも認識に大きなずれが見られます。たとえば、外交官的な視座のもとウクライナ史を要領よく新書にまとめた人もいれば、まさにガリツィア史観に基づきロシアへの徹底抗戦を主張している人もいる。なかには、ウクライナ侵攻はユダヤ・フリーメイソンの陰謀で、プーチンははめられたんだと訴えている人までいて……。(佐藤)

・戦争を知らない現代の日本人は、まず本当の危機とはいかなるものかを知る必要がある。火野葦平の『小説陸軍』のような小説を読んだ方がウクライナの人々が置かれた状況を理解できるかもしれない。私には、ウクライナ戦争が泥沼化した日中戦争と状況が重なるんです。(佐藤)

・イタリアのベルルスコーニ元首相は、ウクライナ侵攻を受け「ロシアは西側から孤立したが、西側は残りの世界から孤立した」と語りました。西側イコール国際社会ではないという指摘は本質を捉えている。(佐藤)

・平成の時代、天皇は人々の心に「無意識化」していると言いました。天皇が当たり前の時代になって、「譲位」に際しても、マスコミがいくら喚起しても、国民の間で天皇制を本格的に考えるような展開にはなりませんでした。ただし、無意識化はすなわち希薄化しているというわけではなく、日本人の心の中に入り込んでいると感じていました。しかし、令和に入り、思わぬ形で無意識化されていた天皇問題が可視化されつつあります。(佐藤)

コメント

元々は雑誌にて連載されていたものをまとめたものに、片山杜秀氏との対談が加えられたもので本書は構成されている。

基本的には各章においてテキストが示され、それをベースに話が展開されるのだが、2020年6月号から2022年3月号ということで、やはりメインはコロナウイルス、また対談ではウクライナ侵攻に安倍元首相の殺害などに触れながら、それらの現象をどう捉えるかといった内容が多い印象。

どの章も学びになるが、やはり最後の片山杜秀氏との対談が面白かった。

内容としては、ウクライナ侵攻後の出来事について、片山杜秀氏と話を進めながら、その流れで出てきた読むべき書籍が紹介されていく、となっている。

ウクライナ侵攻に関する報道については、確かに日本も欧米諸国もロシアが悪い一辺倒になっている気はしている。

もちろん攻撃する側に問題があるのだが、それでも相手方がどういう論理で考えているかといったことも知る必要がある。

結局ある側面から切り取ったものしか物事を伝えることはできないし、それが事実がどうかもよくわからない。そういうなかで様々な人が自分で発信するメディアを持ち、その影響力が増大してきており、より訳がわからなくなっていく。

対談のなかでも「人は見たいモノだけを見て、聞きたいモノだけを聞きますからね」と出てきているが、自分の欲する情報だけを見聞きする環境に身を置くことは容易になっているので、この傾向は今後も続くであろう。

何かを信じ、ある前提に立ったうえでしか生活を送ることができないし、「順応の気構え」が生じるのは避けがたい。

しかしながら、そういった状況でもなるべく「自分で考える」という機会を増やしていこうとすることの重要性がさらに増してくるように感じる。

言うは易く行うは難しではあるが。

一言学び

ロシアは西側から孤立したが、西側は残りの世界から孤立した。

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