読書レビュー:『トッド人類史入門 西洋の没落』(エマニュエル・トッド/片山杜秀/佐藤優)

読書

読みたいと思ったきっかけ

佐藤優氏の著者買い。


内容

目次

目次は以下のとおりとなっている。

はじめに 思想の地下水脈(佐藤優)
1 日本から「家族」が消滅する日(E・トッド)
2 ウクライナ戦争と西洋の没落(E・トッド+片山杜秀+佐藤優)
3 トッドと日本人と人類の謎(片山杜秀+佐藤優)
4 水戸で世界と日本を考える(E・トッド)
5 第三次世界大戦が始まった(E・トッド)
おわりに 生きた類型学(片山杜秀)

内容

わたしの気になった箇所について記載する。

・直系家族社会は、「知識や技術や資本の蓄積」を容易にし、「加速の原則」という強みをもっていますが、他方で、過剰に完璧になると硬直化するという弱みがあります。「キャッチアップ」は得意でも「創造的破壊」は不得手なのです。「老人支配」を招きやすいのも難点です。

・今日に続く近代のイノベーションは、周縁部の核家族社会で起こりました。文字、都市、国家、技術といったユーラシアの中心部で発明されたものを周縁部の核家族社会が効果的に取り入れたわけです。唯一取り入れなかったのは、「女性の地位の低下」で、近代において彼らが優位に立ったのは、こうした背景からです。

・ここで問うべきなのは、「老人を敬う」「親の面倒をみる」といった、かつての倫理が、果たして今も倫理的だと言えるかどうかです。フランスのバカロレアという試験の科目には哲学がありますが、そうした試験で「儒教の教えは、今日のような状況では、実は不道徳ではないか」といった問題をつくれば面白いと思います(笑)。というのも、親の面倒ばかりみていたのでは、子供がつくれません。国としても老人ばかりに予算を使っていては、少子化が進む一方だからです。

・トッドさんも、この本で、「ウクライナでの戦争は通常の政治学や経済学では的確に捉えられない」として、政治や経済という「意識」のレベルだけでなく、教育という「下意識」、さらには宗教や家族といった「無意識」のレベルにまで降りていく必要がある、と述べています。(佐藤)

・何らかの「集団」なくしては「個人」も「個人」であり得ない。英米の超個人主義の誤りは、「集団」なしに「個人」が存在する、という考えに至ったことです。(トッド)

・人類学的に見れば、ネイションとしての日本の気質は、アングロサクソンとは正反対です。その違いをごまかさなければならず、価値観次元での表面的な言説と、利益次元でのリアルな行動の間に矛盾が生じているのではないでしょうか。(トッド)

・どの国でも、高等教育を受ける人口が一定の割合に達すると、それ以外の人口との間に亀裂が生まれて社会が不安定化します。1980年以降、ソ連崩壊の直前に、ロシアはそうした移行期危機を経験しました。それに対して中国が危うい過渡期を迎えるのは、これからです。(トッド)

・私はBBC以上に『ガーディアン』紙の報道がおかしくなっていることにショックを受けていて、エリートが劣化した英国の危機をそこに見ています。(トッド)

・そもそも、ウクライナ戦争に伴う対露経済制裁で最も打撃を受けるのは、ドイツの産業界です。米国は、ドイツ経済を弱体化させることを狙って経済制裁を科している、つまり、米国はロシアだけでなく、ドイツを相手に戦争をしているのも同然です。(トッド)

・ただ、全体としては、「トッド的言説」よりも「ハラリ的言説」の方が今の世界で圧倒的に影響力をもっています。これは、本当に考えるべき問題です。「支配的な思想とは、支配者階級の思想である」(『共産党宣言』)というマルクスとエンゲルスの言葉通りの世界になっている。(佐藤)

・つまり、トッドさんの本を我々が読む最大の意味は、「日本という謎」を理解できるところにある。かつてルース・ベネディクトの『菊と刀』が果たしたような役割です。(佐藤)

・トッドさんからすると、「ヨーロッパは一つではなく多様」なのに、アングロサクソン的な個人主義や自由主義だけで「西洋」や「ヨーロッパ」を見ていた。まさにそれが丸山眞男や大塚久雄の「ヨーロッパ」観です。(片山)

・クロード・レヴィ=ストロースのように、通常の人類学が「第三世界」を対象としているのに対して、トッドさんの人類学は主に「先進国」を対象としています。そもそも「先進国」と「第三世界」、「西洋」と「非西洋」を究極的には区別しない地平に立っている。(佐藤)

・戦前・戦中には日本にも、死刑や拷問によって命を落とした共産主義者や知識人がいましたが、数から言えば、ナチスによる粛清とは比較になりません。「粛清」ではなく、「転向」を促すなど、体制側に「包摂」しようとしたからです。(片山)

・「ナチズム」と「ルター派」につながりがある、というのは、トッドさんの言う通りです。『第三帝国と宗教ーーヒトラーを支持した神学者たち』(ロバート・P・エリクセン著、風行舎)という本がありますが、ゲルハルト・キッテル、パウル・アルトハウス、エマヌエル・ヒルシュといったルター派の優れた神学者たちがナチスに協力していて、ナチスの理論形成に貢献しています。(佐藤)

・19世紀に「啓蒙主義」に対する「ロマン主義的な反動」を経験したのがヨーロッパですが、アメリカには、そのプロセスがすっぽりと抜け落ちている。だから「これはどんな得になるの?」「これはいくらの金になるの?」といった剥き出しの実用主義になってしまう。(佐藤)

・「文化産業」がキーワードで、ヨーロッパでは絶対に結びつかない「文化」と「産業」が、アメリカでは結びついてしまう。(佐藤)

・ヨーロッパでは、各国が互いに隣国を「他者」と指定し合って「自己」を確立したのに対し、アメリカの場合は「(脅威となる)隣国」が存在しないので、「黒人」がその代替をさせられてしまった、というわけです。(片山)

・ウクライナの政治家や高官の腐敗は、手がつけられない酷さです。アフリカの最腐敗国と似たようなもので、その点、戦争前から、国家としての体をなしていませんでした。(佐藤)

・ロシアとヨーロッパ(ドイツ)を分断し、ヨーロッパ(ドイツ)経済を破壊することがアメリカの目的で、アメリカはロシアだけでなく、実はドイツに戦争を仕掛けている、とトッドさんは指摘しています。ドイツから戦車「レオパルト2」をウクライナへ供与させることに、アメリカがあれほど拘ったのも、「純粋な軍事目的」というより、「独露関係を修復不可能なほどに引き裂くため」ではないかと思えてきます。(片山)

コメント

本の構成としてはエマニュエル・トッド氏へのインタビュー記事(3つ)と、トッド氏と佐藤優氏・片山杜秀氏の鼎談、佐藤優氏と片山杜秀氏の対話、の5つで構成されている。

トッド氏の人類学の説明(家族の類型など)があった後に、トッド氏の著作の解説も佐藤優氏と片山杜秀氏がしてくれるので、トッド氏の著作の概要や基本概念を把握するのに役立った。

そして現下も進行中のウクライナ戦争に対する見方も面白い。

特にイギリスがヒステリックに好戦的に見えることや、アメリカが実はヨーロッパ(ドイツ)に対して「戦争」を仕掛けているという見方は興味深い。

どこの国も多かれ少なかれ国内で生じる経済格差などの諸問題が原因で排外主義的な機運は高まっている。

相対的剥奪感から生じる排外的な主義主張は国民にも受けは良く、国家も国民の意向は無視できないから、国家レベルでも排外主義的な主張が増えてくる(ポピュリズム的な手法として排外主義を喧伝したことで政治家の人気が出るのか、それとも国民の側で排外主義的な思想の持ち主が増えたことでそういう主張する政治家に人気が出ているのかは、卵とニワトリかもしれないが)。

各国ともに余裕がなくなり視野狭窄となることで自国しか見えなくなっているのだろうか・・・。

こういった状況の根本にあるのが経済格差でなのであれば、それを解消することができれば各国ともに「平和」が訪れるかもしれない。

ただ、経済格差をなくすというのは資本主義社会の継続とは相容れない。

確かトマ・ピケティが格差をなくしてきたのは戦争といったような内容を主張していたが、これは正しいのかもしれない。

戦争によって既得権益が破壊されることで、多くの分野でほぼゼロベースでリスタートなる。こうならないと持たざる者が既得権を壊すのは難しいということなのだろう。

あまり、というかまったく理想的な解決策ではないけれど。。。

一言学び

直系家族社会は、「老人支配」を招きやすい。


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