こうやって技術革新が進んでくると、ある程度のお金を払えば、それなりのクオリティーの製品を誰もが手に入れることができるようになってくる。
誰もが同じようなクオリティーのモノを手に入れられる時代になったともいえる。
もちろんよっぽど高価なものであれば、誰しもが買うことは難しいが。
こうなってくるとお金で簡単に買えないものに希少性が出てくる。
それは例えば時間を経た歴史あるもの。
車であっても、時計であっても、洋服であっても、メガネであっても、はたまたお酒であっても、なんでもヴィンテージ品が人気が出ていたり、より値段が高騰しているのは、そういう背景があるからだろう。
どれだけお金を掛けたり、手間を掛けても、一瞬で10年間の時を経過させることはできない。
その点でいえば、ヴィンテージ品に追いつくことは不可能であり、だからこそ価値が出てくる。
逆にいえば、歴史や時間を費やすことによってそれだけで価値が出てくるともいえる。
これは何かを継続することでも同様に使えるように思う。
何かを続けることそれ自体に価値が生み出されるのは、そこに時間の経過を伴うからだろう。
何かを1年続けてきた人とこれから始める人では、1年分の時間の積み重ね分、そこに違いが生じる。
単純に長く時間を掛ければ良いという話ではないが、時間の積み重ねは先行している人が続けている限り追いつけないという意味において、絶対的なアドバンテージとなることを考慮すると、思っている以上に価値が高いように思う。
継続は力なり、というが、継続は価値なり、ともいえる。
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